フォーク編<431>村下孝蔵(13)

西日本新聞 夕刊

没後20年に合わせて発売されたアルバム「初恋物語」 拡大

没後20年に合わせて発売されたアルバム「初恋物語」

 熊本県水俣市出身の村下孝蔵の敬愛したミュージシャンの一人は、大分県別府市出身の大塚博堂である。二人の共通点は30歳近くの遅咲きのデビューで、志半ばの急死だ。博堂は37歳、村下は46歳。博堂は1981年に逝去、ラブソングのバトンを受け継ぐかのように登場したのが村下だ。

 村下の没後20年に合わせて、RCC中国放送のラジオでは6月末に「20年目の同窓会」と題した3時間の特別番組を放送した。ゲストとして電話出演した長崎市出身のシンガー・ソングライターのさだまさしは「戦友」「同級生」といった言葉を添えながら村下について次のような要旨で語っている。20年後の弔辞とも言える。

 「ラブソングが上手で、命を大切にするきれいなラブソングだった。ラブソングは永遠だからね。彼の声をきくと(今も)生きていますよね。全然、古びていない。いい声だった。サウンドも古びない」

 「同級生」の意味合いの一つは、弾き語りでメッセージを伝える世代的共感だ。

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 パソコンやスマートフォンで聴ける「ラジコ」によって、ローカル局のラジオ放送もアクセスできるようになった。この特番には北海道から沖縄まで全国からリクエスト曲が届いた。さだの言うようにまさに村下は「生きている」のだ。

 番組には音楽プロデューサーの須藤晃も電話出演している。須藤は村下だけでなく、同時期、尾崎豊などを世に送り出した。村下と尾崎に通じ合うものは「歌を歌う人はどこかきれいな真水の中にすむ動物。純粋なところが似ていた」と語る。須藤は村下のラブソングの背景に広がる風景にも言及している。要約すれば次のようになる。

 「日本人には一年一年、正月、ひな祭り、田植え、七夕、盆…といった日本的情緒を感じる行事が変わらず続く。そういうにおいがするものを二人でつくろうとやっていた」

 日本の歳時記、美意識を底流に置いた創作作業であり、その戦略、路線は生涯、あまり変わることはなかった。ある意味、時代を超えたどこにでもある風景を歌い込むことに「古びない」永遠性を獲得したとも言える。それは須藤が話すように「風のような、空気のような声」に裏打ちされたきれいな水彩画の世界だった。 =敬称略

 (田代俊一郎)

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