父が描いた広島の惨状 福岡県遺族代表の小野さん 遺志継承へ思い新た

西日本新聞 夕刊

 福岡県の遺族代表として広島市の平和記念式典に参加した元小学校教諭の小野政江さん(69)=同県宮若市=は、広島原爆に遭った父神谷一雄さん=享年61=が体験を元に残した惨状の絵を通じ、子どもたちに平和の尊さを伝えてきた。年を重ね、実相を語り継ぐ取り組みから離れていた小野さんだが、広島の地で改めて遺作に思いを巡らせ、継承活動を再開しようと思案している。

 原爆投下時に20歳だった一雄さん=旧若宮町出身=は、腸チフスを患って入院していた広島市内の陸軍病院で被爆。爆心地から約2・8キロ、部隊復帰のため退院する前日のことだった。

 荒廃した街で救援活動に従事した。目の当たりにしたのは、裂けた腹部から腸が垂れた状態で赤ちゃんを抱いてさまよう母親、川面を埋めた無数の遺体…。その地獄のさまは長年、夢の中からも消えなかった。

 55歳で旧国鉄を退職後、「自分も伝えられることがある」と、被爆体験を絵で残すことを決意。得意とはいえない絵を学ぶため絵画教室に通い、脳裏に刻まれた「あの日」を3、4年かけて計30枚の水彩画で再現した。同じ構図を各2枚そろえ、「学校で子どもたちの学びに生かしてほしい」と一組15枚を小野さんが活用するように、もう一組を広島市の原爆資料館に寄贈するよう希望した。

 一雄さんは絵を完成させた頃に体調を崩し、1986年に急逝。「遺言」を受け止めた小野さんは、資料館に絵を届けるとともに2011年に退職するまで、夏休みの登校日の全校集会などで絵を紹介し「平和、命の大切さ」を訴え続けた。

 小野さんは広島入りした5日に資料館に足を運び、収蔵されている父の遺作と約30年ぶりに対面した。一雄さんに今の自分を見られている気がしたという。

 「お父さんが絵で残した被爆地の惨状を伝えていく機会を、精力的に探していきます」。式典で黙とうした小野さんはそう誓った。

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