【出自を知りたい 生殖医療と子の権利】<下>ドナー求め国外へ 問われる「命」を生んだ責任

 ホルモン数値が低かった東京都の40代女性は、人工授精などの治療を10年以上続けた。うまくいかず、提供卵子での体外受精を望んだが日本は実施施設も少なく、ドナーも自分で探さねばならない。壁は高い。

 きっかけは、ある日本人のブログだった。台湾で卵子提供を受け出産した、という体験をつづっていた。女性は台湾への渡航を決める。米国などと比べて治療費が安いことも理由の一つだった。おととし1月、双子に恵まれた。

 「20代後半の台湾女性」「自分と同じ血液型」。治療した診療所から聞かされたドナー情報はそれだけだった。女性は診療所を通じてドナーにお礼の手紙を送った。返信があればいつか子に読ませたいと思っていたが、音沙汰はない。「子どもが将来ドナーに会いたくなっても会えないのはかわいそうだけど、どうしようもない。ドナーが分からないマイナス面もひっくるめて、それでも生まれてよかったと思えるくらい強い子に育てたい」

 台湾は2007年、生殖補助医療の規制法を制定した。ドナーの年齢や提供歴の有無など条件を明記し、ドナーの身元が知られないよう定めた。匿名性を法で守った。

 台湾政府の統計によると、16年に卵子の提供を受けた外国人の治療件数は1060件で、14年の5倍以上。国籍別で日本は中国本土に次ぎ2番目に多かった。女性が治療を受けた台北市の「宏孕(ほんじ)ARTクリニック」でも、日本人患者は14年の17人から18年は202人に激増。台湾の複数の医療機関は、東京や福岡など日本での説明会に力を入れ、患者を呼び込む。

   *   *

 台湾のように匿名を合法化した地域がある一方、出自を知る権利を法で保障する取り組みもある。

 海外の制度に詳しい金沢大の日比野由利助教(社会学)によると、オーストラリア・ビクトリア州は出自を知る権利に関し世界でも先進的という。1998年以降のドナー提供で生まれた子は、18歳以上になればドナー情報を得られる。2010年には親から告知されなくても、出生証明書を見て提供の事実を知ることができるようになった。

 英国では05年、子が18歳になればドナー情報を開示できる法が施行された。同法は、開示に同意した人のみがドナーになれるよう定める。ニュージーランドは04年以降、ドナーと提供を受けた人、子に個人情報の登録を義務付け、ビクトリア州と同様、互いの情報を得る権利を認める。

 こうした海外の動向を受け、国内でもドナーのありようが揺らいでいる。

 第三者からの精子提供による人工授精(AID)を年間約1500件実施していた慶応大病院(東京)は17年6月、子がドナー情報開示の訴訟を起こし、裁判所が開示を命じた場合、病院は応じる可能性があることを同意書に加えた。その結果、子から扶養義務を主張されるなどの懸念が生まれ、ドナーが減少。提供を受けたい夫婦の新規受付を昨夏から中止している。

 前述の国や地域では、治療を受けた人を原則親とし、ドナーと子に法的な親子関係がない。しかし日本では、ドナーと子の親子関係に触れた法が、そもそもない。両者の法的権利や義務はあいまいなまま、現場の判断に委ねられ、時には国境を越え、新たな命が生まれている。

 埼玉医科大の石原理教授(生殖医学)は「ドナーを必要とする人が一定数いる以上、国内で適切な説明を受けた上で治療を受けられるようにすべきだ。扶養義務や遺産相続の問題が解消されないことがドナー不足の一因。親子関係を早急に法律で定めなければいけない」と訴える。

   *   *

 ドナー情報を知る権利以前に、ドナーの提供で生まれた子の多くは、遺伝上の親が両親と別にいる事実さえ知らない。「血がつながらないことを一生伝えない方が子どもにとって幸せだ」との見方は依然、日本社会で根強い。

 これに対し、帝塚山大非常勤講師の才村真理氏(児童福祉)は「ドナーの提供で生まれた子のうち、家庭内の秘密や不穏さを感じていた例は多い。自分がどのように生まれたかはアイデンティティーの確立に深く関わる。ルーツを知ることは人間の根源的な欲求だ」と主張する。

 お茶の水女子大ジェンダー研究所の仙波由加里氏(生命倫理)によると、ビクトリア州は匿名廃止に合わせ、子への真実告知の啓発やドナー集めのキャンペーンを実施。ドナー不足の問題はあるものの、治療できなくなるほど深刻な状況にはならなかった。「国がドナー確保に関わり、子から情報を求められたときに『素性を明かしてもいい』と思えるよう、ドナー側の理解を得る取り組みを進めるべきだ」と提言する。

 治療を選んだ親、遺伝子を分けたドナー、手を差し伸べた医療者、技術を黙認する社会。人格ある命を生み出す側の責任が、問われている。

PR

PR