ひ孫、旅館再生へ挑む 八代「鶴之湯」土山さん 清流復活機に「自分が守る」

西日本新聞 熊本版

ダム湖がなくなり、清流がよみがえった球磨川沿いに立つ鶴之湯旅館 拡大

ダム湖がなくなり、清流がよみがえった球磨川沿いに立つ鶴之湯旅館

球磨川を見晴らす全面ガラス張りの廊下に立つ土山大典さん

 全国で初めて撤去された球磨川の荒瀬ダム跡(八代市坂本町)から約3キロ上流に、珍しい木造3階建ての旅館が立つ。65年前、ダム建設に合わせて開業したが、ダム湖の見物客が減ると寂れ、休業した。撤去工事のさなか、約10年ぶりに営業再開したのは創業者のひ孫、土山大典さん(37)だ。よみがえった清流の傍らで、ダムの歴史とともに歩んだ旅館の再生に挑む。 

 温泉を引いた「鶴之湯旅館」。土山さんの曽祖父がダム完成前年の1954年、水没予定地の魚の販売店を移転して開業した。59年まで国内で建築が認められた木造3階の豪華な建物は、湖側が全面ガラス張りなどダム観光を強く意識した造り。下流にあるJR肥薩線の葉木駅から旅館まで宿泊客を運ぶ遊覧船が売りだった。

 ところが、ダムが珍しくなくなると、観光客の足は遠のき、宿泊客も激減。土山さんが幼い頃には通年営業は無くなり、ダム湖を利用した高校ボート部の合宿の時だけ、両親が旅館を開けた。その後、県のダム撤去計画で合宿が見込めなくなり、母照子さん(71)の病気も重なって2006年ごろから休業が続いた。

 当時、韓国の大学を卒業後、熊本市で韓国語の通訳や翻訳の仕事をしていた土山さんの脳裏に浮かんだのは、「必死に旅館を維持していた両親の姿」。木造3階の建築物がもう建てられないことも知り、「自分が守ろう」と決意した。

 16年3月に旅館に移り住み、8カ月後、営業を再開。壁の亀裂や調度品の傷みなど老朽化が激しく、少しずつ修復しながらのスタートとなった。窓から見下ろす球磨川の流れや瀬音など、ダム撤去で復活した自然に加え、土山さん手作りの料理も好評で、少しずつ宿泊客が増えた。食材の山菜やアユも手ずから取ったものだ。「エアコンもない不便さを分かった上で何度も宿泊してくれる。頑張って、という思いが伝わってくる」と土山さんは気持ちを奮い立たせる。

 今、旅館では宿泊客との縁で生まれた「球磨川温泉再生プロジェクト」と銘打った取り組みが進む。建物の全面的な修復と、江戸時代から湧く温泉を利用した露天風呂造りを、熊本高専と県立大の教授や学生、住民などの力を借りながら実現しようという試みだ。

 音楽会、大人向けの紙芝居、文学や写真の講座といったイベントも計画する。「一人でも多くの人にこの旅館の魅力を知ってほしい。お客を増やして雇用を生み、ゆくゆくは地域にも貢献したい」と夢を膨らませる。

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