二つの被爆地つなぐ鎮魂の調べ 2世のビオラ奏者・沖西さん

西日本新聞 社会面

 6日夜、広島原爆の爆心地から北東約1・2キロにあるカトリック教会に鎮魂の音色が響いた。オーケストラの一人、ビオラ奏者の沖西慶子さん(54)は広島市在住で、2度目の原爆が投下された長崎の被爆2世。二つの被爆地の伝承者として犠牲を弔い、平和を祈った。

 厳かな空気に包まれた教会に流れる調べに、訪れた人たちは耳を澄ませた。沖西さんはゆったりと音を紡いだ。

 正直、原爆への関心は深くなかった。きっかけは、2008年に自身を襲った甲状腺の病気。放射線に起因する疾患を示す原爆症の一つに挙げられる。

 長崎で被爆した母、素子さん(84)が付き添った病院の診断で、母は突然「私が被爆者だからですか」と声を震わせた。医師は「その可能性はある」と話した。

 放射線の影響が遺伝するという医学的な知見は確立していない。それでも、被爆した体で子どもを産んだ母は人知れず「負い目」を感じていた。そんな事情も含め、あまりに無知な自分に気付いた。

 放射線の影響を学ぶ広島大の公開講座に通い、会場にあったチラシで、被爆者に代わって体験を伝える広島市の「伝承」制度を知り、手を挙げた。

 担当したのは妹を失った91歳の男性。妹は爆心地から約700メートルで熱線を浴び、その夜に救護所で息を引き取った。家族は誰も間に合わなかった。「壮絶な体験、悲しみの深さに圧倒された」

 一方、同じ被爆地である長崎に対する広島の人々の関心は薄い、とも感じた。初めて真剣に母の体験に向き合った。

 爆心地から約4キロで青白い光を見た。あちこちで死体を焼くにおいが漂っていた。17歳のいとこは学徒動員先の兵器工場で爆死した-。語ることのなかった体験の数々。母もまた、心に傷を抱えていた。

 3年前、長崎市が取り組む「家族証言」制度に応募。広島と長崎、両方の体験を語り継ぐ初めての伝承者になった。全国の小中学校などに派遣され、母や男性の話を語り、演奏する。

 強調するのは、6日から9日までのわずか4日間で巨大な原子爆弾が2度も落とされ、21万を超す人々の命が奪われた理不尽さ。「二つの被爆地を知ってこそ、原爆の被害を重層的に捉えられる。被爆地の思いをつなぎ、伝えることができる」。そう考えるようになった。

 8日夜は長崎市民がつくったキャンドルがともる中、初めて長崎の平和公園で弦を弾く。

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