「どうしても原爆ドームからスタートさせたかった」…

西日本新聞 オピニオン面

 「どうしても原爆ドームからスタートさせたかった」。監督を務めた故市川崑さんは生前、こう語っている。1964年の東京五輪の記録映画「東京オリンピック」。そこには印象的な場面がある

▼アジア初の五輪に先立ち、聖火はアテネから中東、インド、東南アジアを経て沖縄へ。映画ではその行程が描かれた後、広島の原爆ドームが登場。大勢の市民が聖火ランナーを迎える姿が映し出され、そこから聖火が全国を巡る

▼原爆の災禍は戦後日本の平和主義の原点。市川さんの家族は広島で被爆し、自身も当時の惨状を目の当たりにした経験を持つ。だからこその演出だった

▼きのうの「8・6」から「8・9」(長崎原爆の日)、「8・15」(終戦の日)と続く鎮魂の夏。来年、2020年東京五輪の後半日程はくしくも、この時期と重なる

▼被爆地をはじめ列島各地に残る戦争や災害の爪痕を世界の人々に見てもらう好機ではないか。悲しみの歴史をたどり平和の尊さを考える「ダークツーリズム」は五輪精神にも通じる

▼冒頭の映画は、勝敗よりも選手の表情や心情を描写するシーンが話題になった。市川さんは「単なる記録映画にしたくなかった」と述懐している。20年五輪の記録映画では河瀬直美さんが監督を務める。彼女も「ストーリーを伴い、世界中の心を動かす作品にしたい」と語っている。少し気が早いが、新たな名作誕生にも期待したい。

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