【財をあなたに 家族信託考】(上) 認知症の財産管理 柔軟に

西日本新聞 くらし面

長崎県の男性の母親が、よくくつろいでいた自宅の一室。ここに座り、本を読むのが好きだったという 拡大

長崎県の男性の母親が、よくくつろいでいた自宅の一室。ここに座り、本を読むのが好きだったという

長崎県の男性と母の家族信託契約

 認知症などで判断能力が落ちたときに備え、財産の管理や処分を身内に任せる「家族信託」が注目されている。2007年の信託法改正で個人も利用しやすくなり、成年後見制度より柔軟に財産を活用できることや、認知症患者の増加もあって普及しているという。家や預金を誰に託し、どう生かし、亡くなったら誰に引き継ぐか。家族が集まる機会が増える8月、実際の事例を通して考えたい。

 母は高齢で物忘れがある。今は自宅で伯母と2人暮らし。成年後見制度を利用すると財産を自由に使えないようだ。どうするか-。

 長崎県の男性(49)は2年前、こんな悩みがあった。母は70代後半、伯母は80代半ば。ある時期、伯母が入院し母は1人になったのを境に、物忘れが進んだ。

 認知症になってしまうと、親名義の定期預金の解約や、不動産の売却は子どもでもできない。資産が「凍結」された状態になる。

 この場合、利用できるのは成年後見の「法定後見」のみで、母の財産は全て弁護士などの後見人に管理される。母の家を売って介護施設の入所費に充てたくても、家庭裁判所の許可が必要で、認められないこともある。後見人に払う報酬は月約2万~3万円かかり、母が亡くなるまで続く。

 そこで、以前知った家族信託ができないか、司法書士の橋本雅文さん(43)=福岡市=に相談した。説明を聞いて身内で話し合い、利用することにした。

    *    *

 信託契約の内容はこうだ。(1)母名義の家と預金は、男性が母の生活のため管理、活用する(2)母の死後、家と預金は、男性と兄2人が3等分して相続する=イラスト

 橋本さんは公証役場で、この信託の証拠能力を高めるため公正証書を作成。母の家の名義は男性に変更した。銀行には専用の「信託口(しんたくぐち)口座」を設け、母の預金を移して管理を始めた。

 銀行の中には家族信託の取り扱いが少なく、この口座開設を渋ることもあるという。男性の最初の相談から約9カ月後、家族信託の全ての手続きが終わった。

 「財産を持つ人が認知症になると家族信託はできない。お母さんの症状はぎりぎりだった」と橋本さん。男性は後に、伯母とも同じように信託契約を結んだ。

 母と伯母は今、認知症の症状が進み、介護施設で暮らす。預金解約に悩むことはなく、費用は男性が2人の信託口口座から支払っている。母の家は残すつもりだが、介護費用がかさめば売却する選択肢もできた。

 男性は「財産の管理や活用を自分たちで考えられる安心感がある。家族信託にしてよかった」と語った。

    *    *

 一方、福岡県糸島市の80代男性は成年後見の利用で自宅を売却できなかった。1人暮らしだったが、認知症で介護施設に移り、後見人が付いた。家に帰れる見込みは低く、後見人が診断書を付けて家裁に売却を申し立てたものの、却下された。

 成年後見はあくまで、本人の生活と財産の保護が目的。後見人の司法書士は「空き家になって鳥が集まり、近所も売却を望んでいた。後見の趣旨と現実とのギャップにはいつも悩む」。 成年後見にも家族信託にも利点はある。そこで、両方を併用する道もある。

 例えば、信頼できる人を後見人に選んでおく「任意後見」を利用し、認知症になったら生活の支援や普通預金の管理を任せる。売却の可能性がある自宅や多額の金銭は家族信託の対象にする。任意後見と家族信託の併用は、より柔軟な財産管理が期待できるという。

 不動産や預金を託す人の思いに沿い、活用できる家族信託。成功の鍵は財産を託される側にある。橋本さんは「財産管理を担う人に十分な信頼と資質がないとトラブルになりやすい。信託契約を設計する専門家が、相談時にそれを見極める必要がある」と指摘する。 

    ×    ×

 【ワードBOX】家族信託
 財産の管理や承継を信託銀行などが担う「商事信託」と、家族や親族が行う「民事信託」のうち、民事信託に入る。財産管理を頼む人を委託者、任される人を受託者、それにより恩恵を受ける人を受益者と呼び、受託者が家族のケースを家族信託とすることが多い。司法書士や行政書士、弁護士などの専門家に相談し、公証役場や法務局、金融機関で手続きするのが一般的。専門家に支払う手数料は登記費用などを除くと、財産額の1%(財産が3000万円なら30万円)が目安。

PR

PR

注目のテーマ