八幡大空襲風化させない 平和祈りイベント コンサートや慰霊塔に千羽鶴

西日本新聞 北九州版

 約2500人が死傷した八幡大空襲から74年を迎えた8日、甚大な被害を受けた北九州市八幡東区では慰霊祭や平和を願うイベントがあり、犠牲者の冥福を祈るとともに、悲惨な歴史を風化させないことを誓い合った。

 八幡大空襲は1945年8月8日午前10時ごろ、米軍爆撃機B29が現在の同区を中心に行った攻撃で、焼け野原が広がった。避難した300人以上が窒息死や焼死したとされる防空壕(ごう)があった小伊藤(こいと)山公園(尾倉)には52年、慰霊塔が建立された。

 「暑くなる前に」と毎年早朝、同公園で慰霊供養を行う立正佼成会小倉教会は今年も午前6時に参加者たちが慰霊塔に手を合わせた。同教会皿倉山支部の飯干容子支部長(68)は「慰霊供養を通して後世に伝えていくことが私たちの役目」と静かに語った。

 慰霊塔には、地元の花尾小(祇園)の全児童579人が折った千羽鶴が、「世界中が平和でありますように」との願いとともにささげられていた。

 空襲でなくなった1800ほどの犠牲者を供養する谷口霊園(高見)でも日中の暑さを避け、午後6時から住民グループ「故郷の歴史を守る会」による殉難者慰霊祭があり、犠牲者を追悼した。

   ◇    ◇

 同区の市民センターでは若い学生たちも企画に携わり、音楽などを通して平和を訴える催しが開かれた。

 北九州市立大の学生グループ「太鼓と平和を考える学生連絡協議会」(太平連)は8日、平野市民センターで「第4回北九州平和音楽祭」を開催。学生たちが小倉祇園太鼓を披露したほか、北九州市少年少女合唱団などが平和を願う曲などを歌い、住民らが耳を傾けた。

 音楽祭は午前11時にスタート。主催団体の一つで、八幡大空襲の聞き書きなどに取り組む「平野塾」の出來谷通保代表は「74年前のこの時間帯は『火炎地獄』だった。大空襲の記憶や記録を後世に残すためにはどうしたらよいのか、考えていきたい」と呼び掛けた。

 太平連は紫江’s前の水上ステージ(小倉北区)で9日午前10時半開演の「学生平和太鼓フェスティバル」に参加するほか、核廃絶などを訴えて被爆地の長崎へ自転車で向かう。太平連会長の同大3年、伊藤雄太さん(20)は「同世代や子どもたちが平和を考えるきっかけになりたい」と力を込めた。

 祝町市民センターでは地元のまちづくり協議会による「第9回8・8ピース&メッセージコンサート」があり、講話やピアノの演奏があった。旅行会社を経営し、同市の近代史などに精通する近藤政一さんが「八幡から世界平和へのメッセージ」をテーマに話し、「製鉄所と一般居住区を標的にして、女性も子どもたちも『軍人扱い』したのが八幡大空襲だった」などと戦争の残酷さを指摘した。

福岡県の天気予報

PR

PR

注目のテーマ