非核へ長崎の証言は届く 被爆者代表・山脇さん 英語で世界に訴え

西日本新聞 社会面

平和への思いを語る被爆者代表の山脇佳朗さん=9日午後0時16分、長崎市 拡大

平和への思いを語る被爆者代表の山脇佳朗さん=9日午後0時16分、長崎市

 74回目の長崎原爆の日を迎えた9日、被爆者の証言の力、言葉に込められた思いの強さに触れた人々は、平和への誓いを新たにした。一方で、原子雲の下で起きた出来事を自らの心と体に刻み、生き抜いた被爆者は少なくなっていく。確実に訪れようとする「被爆者なき時代」。私たちは、これからも被爆者の言葉と共に生きていく。再び過ちを繰り返させないために-。

 力強く英語で締めくくったメッセージは、この日の会場でひときわ大きな拍手を浴びた。平和祈念式典で被爆者代表として「平和への誓い」を読み上げた山脇佳朗さん(85)=長崎市=は、日頃の語り部活動でも悲惨な体験や光景を外国人に自ら英語で伝えている。

 1945年8月9日、爆心地から2・2キロで被爆した。兄弟3人で捜し回った父は、勤務先の工場で爆死していた。亡きがらを燃やすのに十分な木片を集められず、焼ききれなかった遺体から脳が流れ出た。手足の骨を集めただけで、怖くなってその場を離れた。「見捨てた」との思いは今も消えない。

 証言活動には後ろ向きだった。傷口に塩を塗り込まれているような気がしたからだ。「なぜ被爆者を引っ張り出すのか理解できない」。25年前、新聞にそう投書した。それを見た平和活動団体に声を掛けられた。原子雲の下で目にして、体験したこと。当事者にしか表現できないことがあるのだと説かれた。

 すぐには納得できなかった。後日、誘われた講話に足を運び、真剣に耳を傾ける子どもたちの姿に「心を動かされた」。証言の力を信じようと、語り部の活動に加わった。

 世界にも体験を伝えたいと、2003年に長崎、広島両市が英国で開いた原爆展で講話した。この時、違和感を覚えた。会場からは質問も出たが、通訳を介しての説明に真意が伝わっていないのではないか、と感じたのだ。英語を独学で習得し、自身の言葉で直接伝えるようにした。10年、外務省が委嘱する初代の「非核特使」にも選ばれた。

 「平和への誓い」の後段。左前方に座る安倍晋三首相に顔を向けて、諭すように言った。「米国に追従することなく、核兵器に関する全ての分野で核廃絶の毅然(きぜん)とした態度を示してください」

 首相は終始、無表情のまま。「核なき世界実現へ向けた努力を続ける」との首相のあいさつには全く本気度を感じられなかった。

 だが、救いもあった。式典後、参列した複数の外国人に握手を求められ、英語で「強い印象を受けた」とたたえられた。

 「証言の力は心に届く。きっと、核廃絶の大切さは伝わる」。そう信じ続けよう、と思いを新たにした。

   ◇    ◇

 Please lend us your strength to eliminate

nuclear weapons from the face of the earth

and make sure that Nagasaki is the last

place on Earth to suffer an atomic bombing.

【長崎市提供の訳】 この世界から核兵器を廃絶し、長崎を最後の被爆地とするために皆さんの力を貸してください。

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