電話口で聞く肉親の声に何だかほっとした経験がある人は多かろう…

西日本新聞 オピニオン面

 電話口で聞く肉親の声に何だかほっとした経験がある人は多かろう。人の声には人の心を癒やす響きがある。旅の歌人、若山牧水はこう歌う。〈山越えて入りし古駅(こえき)の霧のおくに電灯の見ゆ人の声きこゆ〉

▼歌が発表されたのは、牧水が青春の5年を懸けて愛した女性と別れた年。前年に牧水は実らぬ恋に疲れ、あてのない旅に出た。たどり着いた山奥の古びた駅。霧の向こうにほんのりと光が差し、人の肉声が…。それだけのことで、寂しさに沈む牧水の心にも明かりがともったことだろう

▼そんなぬくもりを持つ声だった。アニメ「それいけ!アンパンマン」のジャムおじさん役を約30年務めた声優増岡弘さんが、高齢を理由に降板を発表した

▼ジャムおじさんはアンパンマンの最強の助っ人。ピンチになると新しい顔を焼き、駆け付ける。するとアンパンマンは「元気百倍」。正義の味方の復活シーンは長年、無垢(むく)な子どもの心をわしづかみにしてきた

▼増岡さんは約40年続けた「サザエさん」のマスオさん役も降りるという。こちらはおっとりして人の良い娘婿。二つの国民的癒やしキャラの声を同一人物が演じていたのは偶然ではなかろう

▼何十年もの声優生活で、虫の居所が悪い日もあったろうに、穏やかな声で茶の間を包み込んできた。その響きには善なる人格がにじみ出ていたと思う。声でなく活字で申し訳ないが、お疲れさまでしたと伝えたい。

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