連投の鉄腕と三角ベース 田代 芳樹

西日本新聞 オピニオン面

 胸のすく完封劇、一方で継投策の明暗や激しい打撃戦。高校野球、夏の甲子園大会は今年も熱い。

 炎天下の選手たちを見ながら、投手というポジションの過酷さを改めて痛感する。今大会で最も注目を集めると目されながら、地方大会決勝で連投による故障防止を理由に登板回避-敗退となった大船渡高(岩手)の佐々木朗希投手は、今、何を思うのか。

 高校球界ではないが、連投と聞いて思い浮かべた人がいる。プロ野球西鉄ライオンズの黄金期を支え、鉄腕と呼ばれた稲尾和久さんだ。

 1958年、巨人との日本シリーズで0勝3敗から4連投4連勝してMVPを獲得した。このシリーズでは7試合中6試合に登板し、4試合で完投した。他に1シーズン78試合登板(61年)、同30勝以上4回(57~59、61年は42勝)などの記録もある。

 そうした功績をたたえるモニュメントが今春、出身地の大分県別府市にある神社境内に設置された。同郷の私にとって、この神社は当時通った小学校の帰り道にあり、友だちと興じた三角ベースのホームグラウンドだった。

 二塁のない三角形の内野を使う野球遊び。テレビゲームなどない昭和の子どもたちが空き地などで熱中した。バットは竹の棒、ボールは新聞紙などを丸めて作った。

 稲尾さんも幼少期、自宅近くのこの神社で、三角ベースに熱中していたという。肩の強さは抜群で、友だちが捕れないくらい速い球を投げ、子ども同士なら敵なし。大人の軟式野球チームに「飛び級」して腕を磨いた。地元では「稲尾神社」とも呼ばれた。

 スポーツ記者の経験はないのだが、1度、稲尾さんを取材する機会に恵まれた。幼い頃、プロ野球選手を夢見て「稲尾神社」で三角ベースに没頭したと話すと、笑顔でうなずいてくれたのを思い出す。

 ただ、残念なことに、子どもの「野球離れ」は確実に進んでいるのが現状だ。キャッチボールや三角ベースをする姿は街角から消えて久しい。

 佐々木投手の登板回避への賛否を巡り、論争が起きている。一野球ファンとしては、議論が野球の普及にプラスとなるよう願う。

 勝敗を懸け全力を尽くす姿が感動を呼ぶのがスポーツだが、原点はプレーヤーが楽しむことのはずだ。笑顔を絶やさず全英女子オープンゴルフを初制覇した渋野日向子選手は、その象徴に見えた。

 連戦連投に明け暮れた稲尾さんの原点も、きっと三角ベースで体験した野球の魅力、楽しさだったと思うのだ。
 (デジタル編集チーム)

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