若松・灘山山頂に高射砲陣地跡 土地所有の藤嶋さんが整備

西日本新聞 北九州版

 北九州市若松区小竹の灘山山頂に、旧陸軍の高射砲陣地跡が残る。北九州防衛の要衝として建造され、構造など全体像が把握できる形で現存する数少ない遺構という。土地の所有者、藤嶋在寛(ざいかん)さん(64)は、1945年8月8日の八幡大空襲で父が被災した。「戦争の記憶を風化させない」。将来的に多くの人に遺構を見てもらおうと、周辺の整備に取り組んでいる。 

 高射砲陣地「惣牟田(そうむた)高射砲陣地」は、若松区中部の灘山山頂に位置。北側に響灘、南東側に洞海湾を臨む。洞海湾の先に、八幡の市街地が広がる。

 司令所があったとみられる広場を中心に、八八式7・5センチ野戦高射砲を設置した砲座跡が周囲6カ所に残る。砲座跡では、円形で直径約6メートルあるコンクリート製の障壁などが確認できる。司令所跡には土砂が流れ込み、はっきりした輪郭は分からないという。

 戦争遺構に詳しい「北九州平和資料館をつくる会」事務局長の小野逸郎さん(84)によると、高射砲陣地などの対空陣地が12カ所設けられていた若松地区は、市街地防衛の要衝だった。惣牟田高射砲陣地は太平洋戦争で、米軍爆撃機による空襲から旧八幡市(現八幡東区、八幡西区)の八幡製鉄所を守るために稼働した。

 藤嶋さんは約10年前、惣牟田高射砲陣地跡がある土地を購入した。「多くの人が陣地のことを知り、平和について考えてほしい」と思い立った。いずれは人が訪れて遺構を見学できるよう、一帯の茂った木々を切り整備を進めている。

 旧八幡市に住み、八幡製鉄所で働いた藤嶋さんの父は、約2500人が死傷した八幡大空襲で自宅が焼かれるなどした。藤嶋さんは小学生の孫を時々、陣地跡に連れていくという。「私も戦争を経験していないが、遺構を保存し伝えることで、私たちが今、享受している平和の尊さを見つめ直すことにつながればいい」

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