北朝鮮工作船員の遺骨、鹿児島に 無縁仏、戦没者と安置

西日本新聞 社会面

工作船との銃撃戦を振り返る白武敏美さん=7月下旬、長崎市 拡大

工作船との銃撃戦を振り返る白武敏美さん=7月下旬、長崎市

工作船乗組員が眠る無縁納骨堂。管理人の男性に埋葬の事実を伝えると、手を合わせた=7月下旬、鹿児島市

 鹿児島市中心部に近い墓地の一角に「無縁納骨堂」がある。戦時中の空襲で犠牲になった身元不明者らの遺骨が納められた市管理の納骨堂だが、ここに2001年の工作船事件で死亡した北朝鮮乗組員が眠っていることを知る人はほとんどいない。

 同市は1945年3~8月に8回の空襲に遭い、3300人を超える死者を出した。身元不明の遺骨はこの納骨堂に納められ、市が委託した市民が定期的に掃除し、花を供えている。

 工作船事件は2001年12月、鹿児島県沖の東シナ海で起きた。「屈強な体格で、終始落ち着いていた。訓練を受けたプロだと直感した」。工作船と銃撃戦を展開した巡視船「いなさ」の当時の航海長、白武敏美さん(64)=長崎市=は、乗組員の男らの姿を鮮明に覚えている。

 男らは停船命令や威嚇射撃を無視し、証拠物とみられる物を海に投げ捨てた。船が火災を起こすと手際よく消火。9時間の逃走の末、自動小銃やロケット砲で反撃し自爆、沈没した。

 白武さんは沈没直後、十数人の男が固まって浮いているのを見た。巡視船は海面からの反撃を警戒しながら浮輪を投げたが、男らは波間に消えた。

 第10管区海上保安本部は、男らが覚醒剤の密輸に関わった疑いが濃厚とみている。

 10管は4遺体を収容。4人分の人骨も発見した。司法解剖の結果、少なくとも7人は「朝鮮または韓国人の可能性が極めて高い」とされた。船は北朝鮮の工作船で、少なくとも10人が乗っていたと断定した。

 遺体と遺骨は、引き取り手がない死者について定めた「行旅病人及行旅死亡人取扱法」に基づき、鹿児島市が火葬した。身元不明のホームレスらが市内で亡くなった際と同じ扱いだ。

 政府は北朝鮮側に引き取りを打診したとみられるが、拉致問題の解決を急ぐ当時の日本政府は事件を深く追及しない方針だったため「遺骨の引き取りの件はそのままになってしまったようだ」(海上保安庁関係者)という。

 納骨堂には空襲犠牲者のほか、市内で亡くなり身寄りがない人の遺骨や、戦前から伝わる無縁仏も安置されている。市は乗組員の遺骨をここに納めたが、不測の事態を避けるためとして、どこに埋葬したかは積極的に公表していない。

 鹿児島には日常的に墓参りをする人が多い。7月下旬も花や線香を手に、多くの市民が墓地を訪れていた。納骨堂に手を合わせる人は少なかった。

 通りがかった人たちに、ここに工作船乗組員が埋葬されている事実を伝えた。ほとんどの人が「初めて聞いた」と驚いた。

 思いはさまざまだ。主婦(64)は「空襲の犠牲者と同じ場所で弔うのは抵抗がある」と顔をしかめた。男性会社員(28)は「丁寧に供養することが、将来の日朝関係の改善にもつながるのではないか」と語った。

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