被災励まし合い聖地へ 熊本工・蓑茂投手と吉山遊撃手

西日本新聞 社会面

 夏の甲子園で14日、関東第一(東東京)に敗れた熊本工には、3年前の熊本地震被災をきっかけに出会った2人の選手がいた。「野球をできる環境があるのは当たり前のことじゃない」。周囲への感謝を胸に聖地を目指した2人には、確かな信頼関係があった。

 左腕の蓑茂然(みのもぜん)投手(3年)は中学3年の頃、熊本県益城町で被災。自宅は無事だったが電気や水道が止まり、3週間の車中泊を余儀なくされた。被害の深刻さや余震におびえつつ、食事の配給などボランティアに励む日々。通学する熊本市内の中学も一時休校となり「もう野球を続けられないかも」と不安がよぎった。

 そんな時、町内のグラウンドで中学の野球部が練習していると聞き訪ねた。そこに遊撃手の吉山綸太郎選手(同)がいた。吉山選手も自宅の被害は小さかったが、学校が被災し自主練習していた。しばらく練習に加わった蓑茂投手は「最初は緊張したけど吉山たちが気軽に接してくれて助かった」。吉山選手は「蓑茂の球の切れと速さに驚いた」と振り返る。

 「甲子園に出て、野球をさせてくれた親に恩返しがしたい」と熊本工進学を決めた蓑茂投手に「彼のようなすごい選手とプレーしたい」と吉山選手も続く。互いを認め合う2人は部員100人超、プロも輩出する名門で主力選手となった。

 10日の甲子園初戦で先発した蓑茂投手に「投球のテンポが速い」と吉山選手が指摘し立ち直りにつなげた。「ずっと一緒にやってきたから気付いてくれた」と蓑茂投手。失策した吉山選手には蓑茂投手が「切り替えろ」と助言。「気持ちが軽くなった」と吉山選手。信頼が勝利を呼んだ。

 14日の2回戦は攻守で躍動した吉山選手。控えに回った蓑茂投手は水を手渡して支えた。「一緒にやるために熊本工に来てよかった」(吉山選手)。「吉山は本当に楽しんでいた。地震でつらいこともあったけれど、甲子園で一緒にプレーできたことを誇りに思う」(蓑茂投手)。試合後の笑顔が、2人の絆を物語っていた。

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