光復節に慰安婦を思う 小出 浩樹

西日本新聞 オピニオン面

 終戦の日は、韓国では光復節と呼ばれる。朝鮮半島が日本統治(1910~45年)から解放された日である。

 その35年間に何があったのか。民衆の生活はどうだったのか。実は調査研究は十分に進んでいない。タブーがさまざまに立ちはだかるからだ。

 いわゆる日本軍慰安婦の実像もその一つだ。研究を重ねる韓国人学者、朴裕河(パクユハ)氏の学術書「帝国の慰安婦」(2014年、朝日新聞出版)が手元にある。史料を解析し、女性たちの声に<耳を澄ませること>に注力した。論壇の左右両派から評価が高い。

 執筆の動機として書かれた一文に、共感する。<いつのまにか当事者たちの声はかき消され、日韓両国の政府や市民団体の声ばかりが大きくなった気がしたからです>

 1990年代に浮上したこの問題などで、両国民の感情は曲折を経て今日、最悪となった。当のハルモニ(おばあさん)たちが望んだことなのだろうか。

 例えば、愛知県の国際芸術祭に展示された像を巡る騒動を、どう思ったのだろう。

 ソウルの日本大使館前に8年前に置かれた「平和の少女像」と同じ像だ。国内政治にも影響力を持つ韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会が設置した。かつて朴氏は「韓国に好意的だった日本人まで韓国に背を向けさせた」と指摘した。いわば対立の象徴である。

 慰安婦について、左派は「性奴隷」、右派は「売春婦」と決めつけがちだ。この議論はもはや無意味ではないか、と朴氏は問う。

 著書では、実態はいずれとも異なり、女性が兵士と「同士」的に帝国に組み込まれた悲哀を、肉声から浮かび上がらせた。そこには像のように記号化された姿ではなく、生身の人間が存在する。死を賭した戦場ゆえに芽生える恋愛感情も喜怒哀楽もつづる。

 多くのハルモニは、日本の歴代首相による謝罪と財団基金からの償い金を受け入れ、静かに暮らしている。

 朝鮮半島に関する言説は極論や誇張がいまだ多い。80年代から耳目を集めた吉田清治氏の「慰安婦狩り」証言は、歴史家の秦郁彦氏の調査でその虚言性が論証された。

 私は、日韓併合から100年の2010年、併合下に生きた人々の声を記録するため、現地を歩いた。傷つけられた民族の自尊心から今も湧き出る「いら立ち」の声を聞いた。「○○君」と呼び合い、日本人となお友情を分かち合う人々の姿も見た。

 事実に基づかない対立は不幸しか生まない。史実発掘を続けたいと、より願う「8・15」である。 (論説委員)

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