被爆書家、3世代の訴え 7歳で母焼いた絶望今も 宗像で書道展

西日本新聞 社会面

母娘3世代で平和を願う書道展を開く(左から)竹下直美さん、蓮本美代子さん、竹下友美さん 拡大

母娘3世代で平和を願う書道展を開く(左から)竹下直美さん、蓮本美代子さん、竹下友美さん

 長崎市で被爆し、現在は福岡県宗像市で書道を教える蓮本(はすもと)美代子(香扇)さん(81)が、娘で書家の竹下直美(香蘭)さん(55)、孫で大学生の友美さん(20)と3世代書道展を17日から同市で開く。原点は、たった7歳で母と幼い弟妹3人を自分の手で火葬した記憶。高齢のため「おそらく最後」との思いで臨む書道展には、ユネスコ憲章前文や反戦歌「原爆を許すまじ」の歌詞のほか、教え子たちが平和への願いを込めた作品が並ぶ。

 「ゆっくり、ゆっくり書こうね」。夏休みの昼下がり、公民館に集まった小学生たちの手を取りながら、蓮本さんが書き方を指導していた。「私が被爆したのは、この子たちと同じ年ごろだったんですよ」

 1945年8月9日。大浦国民学校2年生だったが、戦況悪化で学校は閉じられていたため、近所の古いお宮の境内に集まって勉強をしていた。「ドカーン」と突然の衝撃。崩れたお宮のがれきからはい出すと、日差しの中に一人きりだった。無数の割れたガラスがめり込んだ自分の体を見て、大声で泣いた。

 33歳の母と幼い弟妹は自宅で被爆。出産直後だった母は寝付いたまま3カ月後に息を引き取り、妹も亡くなった。遺体を大学のグラウンドに運び、がれきで覆って火葬した。燃え切らない遺体に木ぎれをくべると、ポーッと炎が上がった。「この手で母を焼いたんですよ。お母さん、お母さんと泣き叫びながら」

 残された赤ん坊の弟には母の着物をおしめにして着け、配給のミルクを飲ませた。蚊の鳴くような声でおぎゃ、おぎゃと泣いた弟は2週間後に短い生涯を閉じた。父は「お母さんが連れに来てくれたね」と亡きがらを抱きしめた。

 吐いたり髪が抜けたりした近所の子どもたちは「ピカドンがうつる」とリヤカーに乗せられ、暑いのに毛布をかぶせられて山中の小屋に隔離された。4、5日するとリヤカーが下ってくる。「亡くなったんだ」。そんな光景を何度も見た。

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 今年5月、北方領土を訪問した衆院議員が戦争で領土を取り返すことの是非に言及したとのニュースを見て、息が詰まった。

 「この人に戦争で起きたことを話してくる」。怒りは沸点に達していたが、夫から「書家なんだから、平和への思いを書で伝えたら」となだめられた。日がたつにつれ、「戦争の悲惨さを知らないからそう言わせてしまうのだ」と思うようになった。伝える努力をしよう-。それが今回の書道展のきっかけになった。

 「ふるさとの街焼かれ 身よりの骨埋めし焼け土に」-。母を焼いた光景そのものの「原爆を許すまじ」の歌詞。「戦争は人の心の中から生まれる」と説くユネスコ憲章前文。思いをくんだ直美さん、友美さんと、書道教室の生徒たちが出展作品に選んだ。幼稚園児4人は「な」「か」「よ」「し」と1文字ずつ書いた。「子どもたちを置いて逝かねばならなかった母にも見せたい。今の平和な世と、すてきな子どもたちに囲まれて私はこんなに幸せだよと」

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 「願うは平和 母と娘の社中書道展」 17~30日午前10時~午後5時、福岡県宗像市久原の宗像ユリックス市民ギャラリー。蓮本さんと教え子たちの書など約80点を展示。入場無料、月曜休館。

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