「赤ちゃん諦めず良かった」20歳で白血病…治療前に卵子凍結10年目、希望の出産

西日本新聞 一面

健斗ちゃんを抱く島優子さん。夫の剛志さんは「僕たちの宝物です」=3日 拡大

健斗ちゃんを抱く島優子さん。夫の剛志さんは「僕たちの宝物です」=3日

今回の「がん・生殖医療」の主な流れ

 20歳で白血病を発症し、治療の副作用で不妊になる可能性が高いと告知された女性が昨年秋、男児を出産した。放射線治療の開始を前に、将来の出産を強く望む女性の訴えを受けた福岡市の生殖医療専門施設が、女性の卵子を7年半にわたり凍結保存。夫の精子と顕微授精させ、母体に戻し妊娠した。「あの時、赤ちゃんを諦めずに良かった」と女性。同様の症例は国内で10例ほどとされ、医療関係者は「子どもを望むがん患者の希望になる」と歓迎している。

 女性は福岡県出身の島優子さん(31)。2008年末、福岡市の国立病院で急性骨髄性白血病と診断され、緊急入院。放射線照射後に臍帯血(さいたいけつ)移植を受ける治療方針が示された。この際、主治医は「99・9%不妊になるリスクがある」と告げ、将来の出産の可能性をつなぐ選択肢として生殖医療の専門施設を紹介した。

 同施設の院長で数多くの体外受精の実績がある詠田由美医師は、優子さんから取り出した卵子をいったん凍結保存し、白血病治療後に受精卵を母体に戻す「がん・生殖医療」を説明。(1)凍結卵子による妊娠出産例は少ない(2)誕生児の長期経過はまだ検証段階-などのリスクも告げた。

 白血病の治療を重視する家族は採卵に消極的だったが、優子さんは「病気が治った後の人生を考えた。いずれは自分の子の顔を見たかった」と振り返る。

 採卵手術は09年4月に実施。その準備期間を含め、白血病治療が予定より2週間遅れたという。詠田医師は「通常の生殖医療と異なり、命に関わる白血病治療を優先すべき今回は時間との闘いだった」と語る。

 09年に2度の臍帯血移植を受けた優子さんは5年間再発がなく、15年には白血病の経過観察期間が終了。この間、発症当時から交際していた剛志(たけし)さん(36)と結婚した。2人が妊娠を望んだため、16年に凍結卵子をいったん溶かし、顕微授精後に再凍結していた受精卵を昨年2月に母体へ。卵子凍結から10年目-。同10月に2872グラムで生まれた男児に健斗(けんと)ちゃんと名付けた。母子ともに健康という。

 剛志さんは「闘病中は病院にお見舞いに行くたびに、これが彼女に会える最後かも、と不安だった。あの頃を振り返れば、夢のよう」。優子さんも「生まれてきてくれたことに感謝。2人の宝物です」と笑顔を見せる。

 健斗ちゃん誕生の陰には、臍帯血バンクから寄せられた匿名の臍帯血、白血病治療に当たった谷本一樹医師(現福岡赤十字病院)、体調管理を身近で担った居住地の産婦人科医など、多くの関係者の支援があったと、詠田医師。「産みたいと願う彼女の強い意志が周囲を動かし、自らが白血病と闘う力にもなった。がん・生殖医療は発展途上だが、若いがん患者さんに希望を届ける選択肢として育てたい」と力を込めた。

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■「回復後の妊娠能力温存」進む がん治療医との連携が鍵

 がん治療を受ける若い女性患者に、妊娠する能力の温存を提案する「がん・生殖医療」が進む背景には、がんの治療成績の向上がある。従来は妊娠出産を諦めざるを得なかった患者にとって回復後の生活の質(QOL)を高めるものだが、課題も少なくない。

 がん・生殖医療では、卵子や受精卵、卵巣などを凍結保存して将来の妊娠出産に備える。日本産科婦人科学会が2014年に卵子などの凍結を認める見解を出し、普及に向けた取り組みが始まった。この分野に詳しい埼玉医科大総合医療センター産婦人科の高井泰教授によると、国内でがん患者の凍結受精卵による妊娠出産は数百例、凍結卵子による出産は10例前後とみられるが、明白なデータはないという。

 日本がん・生殖医療学会理事長で、聖マリアンナ医科大の鈴木直教授(産婦人科学)は「症例の全国調査を今後行う予定」とした上で、「まだ日が浅い領域で多くの課題がある」と語る。母子の健康状態を長期間フォローする必要や、がん治療医と生殖医療専門医とのスムーズな連携などだ。患者の全身状態が悪く、採卵できない場合のカウンセリングも欠かせない。

 費用は保険の適用外で、自己負担となる。施設によって異なるが、卵子凍結後の体外受精などを含めると約40万円と高額。このため昨年度までに1府4県が助成制度を整備した。九州では福岡県が8月から、県内に住む43歳未満のがん患者(所得要件あり)を対象に、卵子や受精卵、精子の凍結費用として女性20万円、男性2万円を上限に助成する制度をスタートさせた。

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■高いハードルを克服

 白血病に詳しい九州大病院血液・腫瘍・心血管内科の加藤光次診療准教授の話 臍帯血移植が2回実施されていることからみても、白血病の治療自体が相当困難だったようだ。その患者さんから状態の良い卵子を採取できた点など、高いハードルを幾つも乗り越えての出産で奇跡に近い。若年の女性がん患者さんはもちろん、医療者にも希望をもたらす症例といえる。

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