中洲と半世紀、街に別れ 82歳女性バーテンダーが引退 「最後まで幸せ」

西日本新聞 夕刊

今夏限りで引退するバーテンダーの角久美子さん。石原裕次郎さんが愛した海をイメージしたオリジナルカクテルも考案した=13日午後、福岡市・中洲 拡大

今夏限りで引退するバーテンダーの角久美子さん。石原裕次郎さんが愛した海をイメージしたオリジナルカクテルも考案した=13日午後、福岡市・中洲

 九州一の歓楽街、福岡市・中洲で最高齢の女性バーテンダー角久美子さん(82)が9月に引退し、経営するバー「メンバーズシルク」を閉める。半世紀以上、ネオン輝く街の移ろいを見詰めてきた。「時代の流れ。中洲の雰囲気もすっかり変わりました」。大ファンだという昭和の名優・石原裕次郎さんの写真で埋め尽くした店内で、惜しむように来し方を振り返った。

 角さんが、中洲に出入りし始めたのは1962年ごろ。嫁ぎ先の卸問屋の手伝いで、高級クラブや料亭に酒のつまみの珍味を配達したのがきっかけだ。

 折しも、高度経済成長の真っただ中。大通りにはダンスホールを備えたキャバレーが並び、会社の接待も盛ん。どの店も満員で、年末には人をかき分けないと歩けなかったという。

 「雑居ビルから通りを見下ろせば、人の頭で真っ黒でした。みんな、よく働いてよく飲み、覇気がありました」

 卸問屋の仕事の傍ら、喫茶店を経営。同時にバーテンダーの勉強も始めた。77年ごろ福岡市南区にシルクをオープンし、96年秋から中洲に進出した。

 バブル崩壊を経て、かつての中洲のにぎわいは次第に薄れていった。なじみの店が次々と廃業。常連客は減り、通りにも観光客が目立つようになっていったという。

 店内の壁や天井には、石原裕次郎さんのポスターや写真を飾る。ファンクラブ「裕井会」の福岡会会長を務め、以前は全国からファンが来店したが、昨今は高齢化により足が遠のく。「最近の若い人は、裕ちゃんのことをあまり知らない。時代の波には勝てません」。営業を続けるか思い悩む中、今年7月、裕次郎さんの三十三回忌の法要が営まれたのを区切りに引退を決意した。

 女性バーテンダーの草分けとして約40年間、カウンターに立ち続けた角さん。日本バーテンダー協会福岡支部では相談役を務め、若手の育成にも力を注いだ。岩永大志支部長(50)は「角さんは礼儀に厳しく、人との付き合いを大切にした。技術だけでなく、そうした姿勢を伝えられるバーテンダーは少なくなりました」と引退を惜しむ。

 閉店は9月中旬の予定。「いいお客さんと巡り合い、裕ちゃんをずっと守ってこられた。最後まで本当に幸せでした」と目を細めた。

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