フォーク編<432>村下孝蔵(14)

西日本新聞 夕刊

今も愛される村下孝蔵(アルバム「月待哀愁歌」より) 拡大

今も愛される村下孝蔵(アルバム「月待哀愁歌」より)

 <…君の好きなロマンスカーは 二人の日々を駆け抜け 夢がにじむ遠い夜空に 名もない星が流れた 君はいない>

 村下孝蔵の曲「ロマンスカー」(1992年)の一節だ。没後20年に合わせて発売されたアルバム「初恋物語」の中にも収録されている。アルバムの副題には「20年の歩み」と記されている。デビュー曲の「月あかり」(80年)から最後の曲「同窓会」(98年)まで時代順に19曲で編集され、村下の足跡をたどることができる。

 村下は46歳の99年に脳内出血で急死した。葬儀の出棺の時に、流れた曲が「ロマンスカー」だった。広島市のタレント、西田篤史も葬儀に参列した。

 「『ロマンスカー』は本人(村下)が好きだった、と聞いています。家族でロマンスカー(小田急電鉄)に乗って旅したことがあるからではないでしょうか」

 村下は、西田に「『青春の日々に』という曲も好きだ」と語っている。「青春の日々に」は初アルバム「汽笛がきこえる街」(80年)に収録されている。

 <この街と生きてきたあなたの横顔に 生きてゆく喜びと 明日の素晴らしさが…>

   ×    ×

 村下はいくつかの街で暮らした。故郷の熊本県水俣市、高校時代の熊本市、実業団時代の北九州市、デビューした広島市、そして東京…。デビューしてから20年間、活動し、死後、それと同じ歳月が流れた。生きていれば66歳である。

 日本フォーク史の中で村下はどのような位置づけになるのか。フォークに詳しい音楽評論家の富澤一誠は次のように語る。

 「井上陽水、さだまさしといった正統的な抒情(じょじょう)派フォークの流れをくむシンガー・ソングライターだと思います。地味な存在ではあったが、和風テイストのフォークはギターの上手(うま)さを含めてもっと評価されていい存在です」

 ただ、村下をフォークというフレームだけでくくるのは本人も望まないだろう。「初恋物語」のライナーノートの中で、プロデューサーの須藤晃はこのように書いている。

 「二人で目指したものは歌謡曲であったかもしれない…僕らはとにかく日本の流行歌を目指していた」

 人々が口ずさむ歌を-これが村下の願いだった。死後20年たった現在も村下の曲はファンによって歌い継がれ、作品の舞台の聖地巡礼も続いている。途上の死ではあったが、村下の思いは確実に届いている。

 =敬称略

 (田代俊一郎)

PR

PR

注目のテーマ