流失の観音堂 再建 九州北部豪雨から7年 阿蘇市一の宮町

西日本新聞 熊本版

 2012年の九州北部豪雨災害で流失した阿蘇市一の宮町坂梨の浄土寺観音堂が7年ぶりに再建され24日、現地で法要と落成式があった。東外輪山のふもとにある同地区では同年7月12日未明から早朝、土石流が集落を襲い、住人ら6人が亡くなり、寺も流された。その後、本尊の観音像が奇跡的に見つかり、信徒らは犠牲者の供養と地域再興の願いを込め、観音堂を再建した。

 浄土寺は鎌倉幕府が滅亡した1333年に開かれた曹洞宗の古寺。阿蘇西国巡礼の札所で、境内にあったケヤキの古木は市文化財に指定されていた。再建工事は6月に始まり、費用は復旧関連費で賄われた。

 観音菩薩像(高さ125センチ)と十一面観音像(高さ55センチ)が見つかったのは発生11日後。重機で復旧に当たっていた作業員が土砂の中から掘り出し、やがて本尊3体全てが見つかった。

 新しい観音堂は広さ8畳ほど。家族3人や知人とともに犠牲になった古木国隆さん=当時(49)=の遺族が、古木さん宅の跡地を無償提供した。近所に住み、式典に出席した弟光教さん(55)は「亡くなった母や兄家族も喜んでくれていると思う」と話した。

 光教さんは豪雨の夜、運転代行の仕事に追われ、胸騒ぎがしていた。朝方に連絡を受け、現場に駆け付け、言葉を失ったという。「あの家は私が10歳の時に建ち、思い出が詰まっていた。今も雨が降る度、思い出す」と語る光教さん。落成式の間も、雨が断続的に降っていた。

 坂梨地区では被災後、砂防ダム工事が進み、県は将来、一帯を災害の歴史を語り継ぐ防災公園に整備する計画。信徒らは、曹洞宗の同意を得た上で、観音堂を地域施設として運営していきたい考えだ。

 寺総代長で市議の市原正さん(64)は「あの日、雷が落ちたようなすごい音がして、近所の人がはだしで助けを求めてきた。災害後に集団移転も検討したが、『ふるさとを離れたくない』という人が多かった。これからもこの土地で観音様を守り、供養を続け、歴史を語り継いでいきたい」と話した。

熊本県の天気予報

PR

熊本 アクセスランキング

PR

注目のテーマ