【日日是好日】風鈴が風を受けるように 羅漢寺住職 太田英華

西日本新聞 大分・日田玖珠版

 窓辺の風鈴が揺れ、心地よい音色が静かな部屋に響きました。どこからともなく吹いてきた風を風鈴が受け止めてくれたのです。私は風鈴が好きで、自分の机の窓辺につるしております。

 私の好きな偈頌(げじゅ)(詩の形で教理を述べたもの)に、道元禅師が正師として仰がれた中国天童山・如浄禅師の「風鈴の偈」があります。

 渾身似口掛虚空

 不問東西南北風

 一等爲他談般若

 滴丁東了滴丁東

 次のように読み下します。渾身(こんしん)口に似て虚空に掛かれり/東西南北の風を問わず/一等に他が為(ため)に般若を談ず/滴丁東了滴丁東(チチンツンリャンチチンツン)。解釈は以下です。虚空に掛かっている風鈴は、全身が口そのもので、東西南北の別を問うことなく、全ての風を一様に口全体で本来の面目(真実)を語りつくす、チリンチリンと。

 風鈴は個々の存在すなわち「私たち」のことです。虚空はその存在の「今」であり「命」のことです。般若はその「命」が真理を認識し悟りを開く働きのことをいいます。一点の曇りもない鏡が怨親(おんしん)平等に(敵味方の区別なく)映し出すように、私たちは悟りを開き至誠を尽くすのです。

 本来、風に東西南北はありません。人間の分別意識の上で善悪・好悪の差を見て、隔たりを作るのです。名もなき花や、小さな昆虫が、私たちの心を引き留め感動を与えるのは、無心に生きている姿があるからです。しかし、せっかく目の前にある素晴らしさに気が付かなければ、本来の感動、すなわち「般若」の働きは得られません。

 大事なのは、その素晴らしさに感動できる本来の「私たち」でいることなのです。常に風鈴のように、強い風が来て揺れても元に戻り、どんな風でもきれいな心地よい音色で受け止める。チリンチリンと鳴らせる自身でありたい。私は如浄禅師の偈頌に憧れ、目の前の風鈴を毎日眺めております。

 ところで皆様、これまで約4年間「日日是好日」をお読みくださり、本当にありがとうございました。多くの方々のご縁を頂きましたコラム連載ですが、とうとう筆を置く時が来ました。多くを学ばせていただきました西日本新聞の歴代大分総局長様に、この場をお借りし心より御礼申し上げます。

 気が付けば、私の頭の中にはコラムの原稿が常にあり、毎日の出来事を起承転結にまとめておりました。すると驚いたことに、私自身が「日日是好日」は本当だと実感したのです。

 一日と同じ日はありません。毎日をつまらなく生きるのも楽しく生きるのも自分次第です。今この時が大切なのだ、あるがままを良しとし、また教訓とし受け入れること、疲れたら思い切って休むことも大事です。それが「日日是好日」です。

 どこからか風鈴の音が聞こえてきました。今日も穏やかな一日が過ぎようとしています。それでは、皆様またどこかでお会いしましょう。ごきげんよう。 英華 合掌

【略歴】1967年、羅漢寺27世住職の娘として生まれる。高校卒業後、大学進学のため上京。20代半ばから40歳で出家するまでフラメンコダンサーとして活動。出家後、愛知県の尼僧専門修行道場で約5年間、僧堂修行し、2013年3月に帰山。現在、羅漢寺28世住職として寺を守る。

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