京アニが示した「世界」 大串 誠寿

西日本新聞 オピニオン面

 2006年、ある日本製アニメが世界各地で支持を得た。作品中のダンスをファンが踊るネット映像は29カ国以上で見られ、同作品のイラストはカナダの医薬品CMやベラルーシの菓子袋、中東ガザのデモのプラカードなどに見られたと米大学の研究論文が報告する。この作品が「涼宮ハルヒの憂鬱(ゆううつ)」、京都アニメーションの作品であった。

 京アニ作品は英雄活劇ではない。登場人物は制服で登校したり、箸でご飯を食べたりする。極めて日本的で平穏な描写であるにもかかわらず海外からも人気を集めるのは、民族性や国籍を超えた普遍的人間観に共感できるからだろう。日本のアニメ文化が世界に示した新境地と思える。

 元来、京アニ作品は、一部のマニア向けジャンルの中にあると見なされてきた。深夜枠で放送され、愛蔵版DVDの販売や映画上映で限定的な収益をあげる分野だ。

 しかし「京アニクオリティー」と称される高い品質がブランドを浸透させた。12年の「けいおん!」映画版では、同ジャンルの限界と言われた興行収入10億円を超え、19億円を達成。マニア向けの作品という殻を破ってみせた。

 日本における映像、活字、音楽、ゲームなどのコンテンツ産業は市場規模約12兆円。米中に次ぐ世界第3位だ。アニメ市場は約2兆円に上る。日本動画協会の18年統計によると、日本製アニメの海外市場は過去5年で4・1倍に成長した。米大手の動画配信サービス、ネットフリックスやアマゾンなどが海外発信を強め、日本製アニメの消費構造が変化しているためである。視聴端末はテレビから、世界で年間10億台以上が出荷されるスマートフォンなどに移行しつつあり、今後もこの傾向は続くと予測されている。

 ネットフリックスによると、配信したアニメは、約9割が海外で視聴されているという。つまり一部のマニア向けとみられていた作品も、深夜枠ではなく海外に巨大な需要があるというわけだ。米大手企業は一様に日本製アニメを世界市場の有望コンテンツと位置付け、重視している。

 そのような時に、日本の若き才能が理不尽な炎で失われた。海外から寄せられる追悼の声は絶えない。その中には政財界要人や文化人も含まれる。米アップル最高経営責任者は事件後、直ちに哀悼の意を表し「京アニは世界で最も才能あるアニメーターらが集まる場所の一つ。日本だけの悲劇ではない」と強調した。そう語った背景には前記のような状況がある。

 改めて喪失したものの大きさを知る。 (デザイン部次長)

PR

PR

注目のテーマ