特攻の涙基地跡に継承館 終戦の日、霧島市にオープン

西日本新聞 もっと九州面

 鹿児島県南九州市知覧町にある「知覧特攻平和会館」など戦時中、九州の特攻基地があった地域にはゆかりの建物が多い。8月15日の「終戦の日」、ゆかりの地の一つ、同県霧島市溝辺町に「十三塚原特攻記念館」がオープンした。地元のビール製造会社「霧島高原ビール」が約1千万円を投じて建設。特攻隊員の遺影や遺書、家族の手記などをパネルで展示している。長年の思いを実現した同社の山元正博会長(69)は「一民間企業のやることで大々的ではないが、生きたくても生きられなかった若者の思いを、今の若い人に感じてほしい」と話している。 

 施設は、ビール製造に当たって参考にした東欧チェコと麹(こうじ)について紹介する、同社運営のテーマパーク「バレル・バレー プラハ&GEN」の敷地内に建設され、15日にお披露目された。

 バレル・バレーは、特攻基地だった「海軍航空隊第二国分基地」の敷地の一部にある。敷地内から地下壕(ごう)跡が見つかったのをきっかけに、1999年から毎年、終戦の日に特攻隊員をしのぶ慰霊祭を行っている。地下壕は入り口から約20メートルがコンクリートで固められ、さらに網の目状に奥へと広がり、地下基地として使われていたとみられる。

 2002年には、基地から出撃した217人の名を刻んだ慰霊碑を建立。物故者が増え、毎年の慰霊祭への参列者も減少する中、山元会長は後世につなぐ施設の構想を温めてきた。改元を機に、地下壕入り口を復元整備し、その前に施設を建設した。

 会場では、生き残った特攻隊員の話や遺書などから「親への思い」と「恋人への愛」というテーマでパネルが並ぶ。鹿児島県伊佐市出身の時任正明さん=当時25歳=が、出撃前夜に家族と電話で話した様子を姉が書き留めた手記には、祖母が「元気で帰っておいで」と語った後、「ウウ…」とうなるような声を上げたことなどがつづられている。

 慰霊祭の後に開館し、約70人が見学に訪れた。パネルを見つめては涙する人もいた。霧島市の日高雄一さん(72)は「市内の戦争遺跡を知らない人が多い。こうやって次世代に残していくことが大切」と話した。

 山元会長は「命に対する感謝があれば、人は幸せになれる。そのことを知る場所になってもらいたい」と語る。施設や壕跡は見学無料。バレル・バレー=0995(58)2535。

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