がん治療前に卵子・精子凍結 希望と課題 AYA世代 「妊娠する力」を残すために 闘病の支え/費用が壁に

西日本新聞 くらし面

 「AYA世代」と呼ばれる若年がん患者が治療と向き合う中で、切実な問題となるのが、妊娠する力(妊孕性(にんようせい))をどう残すかだ。事前に精子や卵子を凍結保存しておく選択肢があるが、公的保険の対象にならないため経済的負担が大きい。情報提供や支援の在り方も課題となっている。 

 「99パーセント妊娠できなくなります」。医師からそう告げられた瞬間、目の前が真っ暗になった。福岡市に住む女性(39)が白血病を発症したのは29歳のとき。骨髄移植の場合、事前に大量の抗がん剤や放射線による治療を行うため、卵巣機能が大きなダメージを受け妊娠が難しくなる。インターネットで調べて卵子の凍結保存という方法があることを知り、踏み切った。

 当時、未婚女性の症例は少なかったが「病気が治った後の人生を考えた。子どもを産めるかも、というのが闘病の大きな支えになった」。移植後は、合併症と闘いながらも仕事ができるまでに回復。いつかパートナーとの間に子どもがほしいと考えている。

 男性も同様の問題に直面する。埼玉県在住の大学生米井慶太郎さん(19)も白血病と診断された後、精子を凍結保存した。当時16歳。子どもなんて考えたこともなく、主治医の提案に困惑した。しかし、病気を克服し結婚できる年齢になった今「将来子どもを持つという選択肢が残せてよかった」と心から思い、「費用の心配をせず誰もが可能性を残せるように」と支援の充実を望む。

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 思春期と若年成人を指す「AYA世代」(15~39歳)でがんと診断される人は全国で年間約2万人いるとされる。白血病や乳がん、精巣がんなどが多い。近年、がんの治療成績の向上で、回復後のQOL(生活の質)に焦点が当たるようになり、生殖医療技術が進歩する中、卵子や精子の凍結保存が注目されるようになった。

 日本癌(がん)治療学会は2017年、妊娠する力の温存に関する診療ガイドラインを作成。国が18年に策定した第3期がん対策推進基本計画では、AYA世代のがん対策が初めて盛り込まれ、生殖機能への影響などについて治療前に医療者が情報提供し、支援する体制をつくることになった。

 しかし、こうした治療は自由診療のため、費用面のハードルが高い。凍結保存は、精子が2~7万円、卵子・卵巣組織が15~60万円程度。さらに保管料で年間1~6万円が発生する。厚生労働省の研究班は17年、経済的支援があれば卵子凍結保存を望む女性がん患者は年間約2600人で、その費用が約8億8千万円との推計結果をまとめた。

 国の助成制度はなく、現在、福岡を含む11府県が独自に助成制度を設けている。NPO法人「全国骨髄バンク推進連絡協議会」は13年、血液がんなどの患者に卵子や精子の凍結費用の一部を助成する基金を設立、延べ91人が支援を受けた。

 ただ、助成を受けられる人はほんの一部だ。血液がんの患者を支援するNPO法人「血液情報広場・つばさ」は6月、公的保険の適用を求める要望書を根本匠厚労相に提出し、署名活動を始めた。橋本明子理事長は「収入が安定しない若い世代にとって、治療費の上に妊孕性温存の費用を捻出するのは非常に厳しい。誰もが経済的理由で諦めないで済むようにしてほしい」と訴える。

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 情報提供の在り方にも課題がありそうだ。若年性乳がん患者を支援する団体「ピンクリング」が17年、がん患者493人に行った調査によると、治療開始前に不妊のリスクや妊娠する力を残すことについて医療者と話し合いを持たなかった人は41・4%に上った。

 日本がん・生殖医療学会の理事長で、聖マリアンナ医科大の鈴木直教授は「あくまでもがんの治療が最優先。子どもを諦めなければならない場合もあるし、凍結保存したら必ず妊娠するとも限らない」と指摘する。その上で「希望を持ってがんの治療に臨むために、正しい情報を正しいタイミングで知ることが大切」と強調する。

 がん専門医で不妊治療に詳しい医師は少ない。同学会はがん治療施設と不妊治療クリニックのネットワークづくりを進め、全国22地域で構築。精神面のサポートをする「がん・生殖医療専門心理士」の資格制度も始め、今後は専門の看護師や相談・支援のための専門職を育成する計画だ。

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