【動画あり】ちくご珍遺産(5)たどり着いた安住の地

西日本新聞 筑後版

 「ここに落ち着くまでの流浪の歴史を知る人はもう少ないのでは」

 久留米市田主丸町にあるJR田主丸駅のホーム。高さ約3メートルの「お迎え河童」像が乗降客を出迎える。耳納連山をバックに、左手を頭頂部の皿に乗せた格好は敬礼をしているようだ。

 このカッパ像、「川流れ」ならぬ陸を流れに流れてここにたどり着いたという。その歩みを、町おこしグループ「九千坊本山田主丸河童族」事務局の菰田馨蔵さん(68)が語る。

 像は当初、国道210号を久留米市側から旧田主丸町の市街地に入ったあたりの植木市場内に座っていた。菰田さんによると「誰が作ったのかは不明だが1975年頃からあった」という。旧町では50年代にカッパ伝承を生かした地域おこしが始まっており、その一環だったのだろうか。国道沿いの像は、来訪者を歓迎するかのように久留米市側を向いていたという。

 だが数年後、植木市場が閉鎖され、約500メートル離れた別の植木市場に移された。外部の目に触れる機会は減り、販売品の大きな石灯籠などと一緒に置かれていたというから、売れていれば今ごろは民家の庭先を飾っている可能性もあった。

 現在地に移ったのは91年。町がふるさと創生資金を使ってカッパをあしらった駅舎に改装した際、ホームに運び込まれた。

 地域おこしの取り組みは続き、今では街角にあるカッパ像は約100体。個人の所蔵を含めれば千体に上るという。お迎え河童はその中でも最大だ。

 駅には58年頃に置かれたという別のカッパ像も改札口近くにあり、「かっぱ駅長」として親しまれている。駅舎は昨年再び改装され、おしゃれなカフェもオープン。カッパの町の玄関口として、新たなにぎわいも生まれている。それでも来訪者がまず目にするのは、安住の地を得たお迎え河童。観光客を一番に「ほとめく(もてなす)」お勤めはこれからも変わらない。

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