戦時中、東京の国民学校に転校してきた男の子のことがずっと気になっていたという…

西日本新聞 オピニオン面

 戦時中、東京の国民学校に転校してきた男の子のことがずっと気になっていたという。すぐまた転校してしまい、淡い思い出が残った。「家が同じ方向でしたから…」と女優渡辺美佐子さん

▼1980年、民放テレビの対面番組から「もう一度会いたい人は?」と聞かれた時、彼の名前を言ったそうだ(先月のNHK「ラジオ深夜便」などから)

▼対面番組のスタジオには彼の両親がいた。疎開した広島で勤労奉仕中に原爆で…と知らされた。「転校続きで友だちはほとんどなく、あの子が生きていたことを知っているのは家族と親戚くらい。でも捜してくれた人がいた。ありがとうございます」

▼後年、原爆朗読劇の話が持ち上がった。資料の一つに「いしぶみ 広島二中一年生全滅の記録」というのがあり、もしやと思い321人の名を見たら、あった。「水永龍男」

▼朗読劇は85年に始まった。子や親を失った人の手記で構成し、毎年夏はこの劇に専念した。水永君のことが渡辺さんの心の支えになった。10年ほど前からは、戦争を知る世代の女優仲間と一緒に活動してきた

▼「夏の雲は忘れない」の題で全国を巡り、学校も回った。みんな年を取り、今年が最後と決めていた。振り返って思う。「若い人たちにも聞いていただきました」。戦争を知らない世代が自分たちのやり方で、ヒロシマ、ナガサキを継いでくれると信じ、最後の公演を先日、終えた。

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