【聴診記】移植後も人生は続く

西日本新聞 医療面

 「その後」が気になる人がいた。2年前に取材した鹿児島県の男性(39)。当時、心臓移植を受けて4年。「好きなことができるようになった」と感謝しつつ、思うような仕事が見つからない焦りも吐露していた。

 久しぶりに連絡を取ろうと思ったのは、小説「心音」(乾ルカ著、光文社)を読んだから。主人公は心疾患を患い、10歳のとき米国で心臓移植を受けた女性。手術費用1億5千万円は善意の募金で賄った。移植後、同級生からは「1億5千万円さん」と呼ばれ、「命を大金で買っている」と陰口をたたかれる。それでも「私は人一倍社会貢献する義務がある」と生きていくが…、という物語だ。

 移植で命を取り留めれば、つながった生は祝福される。2017年に医療面に掲載した連載「命をつなぐ 臓器移植法20年」ではそんな前提に立っていた。レシピエント(移植を受ける患者)の喜びと感謝を強調した私にとって、小説とはいえ、悲しいその後は衝撃だった。

 現実にレシピエントが虐げられることがあるのか。当事者団体「日本移植者協議会」(大阪)理事長で自身も腎臓移植を受けた下野浩さん(71)に聞いた。

 毎日、免疫抑制剤を飲み続け、体育や運動会はいつも見学するなど、健康な子どもとの違いは浮き彫りになる。いじめや心ない言葉は現実にもあるという。「もらった命だからきちんと生きなければ」と重圧を感じる人もおり、通院や体力の制約がある中での就職に苦労する人は多い。小説とほぼ同じ現実が語られた。

 一方で、支援は手術を受けた病院が担うが、担当者の数は十分でなく、激務に追われていると聞く。当事者同士がつながる機会も少ない。移植後も続く人生へのサポートは置き去りにされていないだろうか。

 「在宅でできる仕事が見つかった」。2年ぶりに電話で話した鹿児島県の男性の声は明るかった。ほっとすると同時に、現実を十分に書けていないもどかしさに包まれた。 

PR

医療・健康 アクセスランキング

PR

注目のテーマ