【動画あり】ちくご珍遺産(7)「入りにくさ」が持ち味

 目抜き通りに面しているのに、そこから足を踏み入れるのに少し躊躇する。風雨でさびた看板の先に広がる暗い路地。トタン屋根の所々の穴やひびから漏れる光が哀愁を帯びる。戦後のバラック市場の雰囲気をそのまま残したような空間に、スナックや小料理屋がひしめき合う「日吉村」。チェーン店や人気店が集まり若者の声が響く久留米市中心街で、ひときわ存在感を放つ。

 1950年に「日吉市場」として誕生。戦後に久留米市内に急増した自由市場と呼ばれる闇市の一つで、呉服店や鮮魚店など20店以上が並んだ。ここで生まれ育った松田電気商会の松田實さん(68)は「当時は各店の2階に店主の家族が住んどった。子どもらが遊び回ってにぎやかだった」と振り返る。

 その後、高齢化や大型スーパーの普及で衰退。少しでも注目が集まればと、住民たちは「日吉村」に改名したが盛り上がらなかった。「バブル期にマンション建設の話が持ち上がったが、売却するかどうか店主全員の意見が固まる前にバブルがはじけた。あの時売っておけばよかったかな」

 ところが何が幸いするか分からない。このうらぶれた様子が逆に新鮮に映ったのか出店が増え、ここ数年で新たに3店がオープンした。現在約15店あり飲食店がほとんど。空き店舗を合体させたり、隠れ家のようにおしゃれに改装したり。若者の出入りも増えた。

 今年5月に「BAR SUMI」をオープンした松井絵里奈さん(42)は「1人でも来やすい店にしたくて、ここはイメージにぴったりでした」。開店準備中も、近くの店主たちが料理を持ってきたり、花をくれたりと心温まる交流に驚いたという。「存続するには繁盛してにぎわった方がいいが、今の少しさびれてどこか懐かしい雰囲気も壊したくない。少し入りにくいぐらいがちょうどいい付加価値なのかも」

 時代に逆らっているような、でも求められてもいるような不思議な空間が、令和の時代をどう生き抜いていくのだろうか。

 =おわり

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