筑後は屈指の麺どころ ルーツは「五庄屋」

西日本新聞 筑後版

インスタント麺の形を整える、栗木商店での麺の製造工程(一般見学者は撮影不可) 拡大

インスタント麺の形を整える、栗木商店での麺の製造工程(一般見学者は撮影不可)

 夏場の食卓に欠かせないそうめん。小麦の生産が盛んな筑後川流域では、江戸時代に小麦を原料とするそうめんの製造が始まり、現在も筑後地区や朝倉市など流域の製造業者10社が県製麺組合を組織して、地域の味を守り続けている。中でもうきは市は10社のうち5社が集まり、長崎・島原、佐賀・神埼とともに「九州三大麺どころ」の一つに数えられる。1897(明治30)年創業の栗木商店(うきは市吉井町)を訪ねた。

 筑後川流域の製麺の歴史は、17世紀後半に筑後川流域の5人の庄屋が、苦難の末に大石堰(うきは市)を完成させた「五庄屋」の時代にさかのぼる。流域で米と麦の二毛作が広がると、用水路の水車小屋で精米や製粉が可能になり、そうめん作りが始まった。水が豊富なことや、内陸部で昼夜の温度差が大きく、干した生麺が夜間に乾きやすいといった気候条件も背景にあるという。

 明治期には、製麺機が開発されて製造量が増大。乾麺の干しうどんや干しそばの生産も始まり、石炭産業でにぎわう筑豊地方に盛んに出荷された。昭和に入って日本の大陸進出が始まると、食料増産の国策が打ち出され、常温で日持ちする乾麺は重宝されたという。戦後は食生活の多様化に伴い、各社ともラーメンやパスタなど主力のそうめん以外にも力を入れている。

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 栗木商店が運営する「ちくご手づくり村」では、乾麺、生麺、インスタント麺の三つの製造ラインが日替わりで稼働し、要予約で見学ができる。訪ねた日はインスタント麺のラインが稼働中で、小麦粉をこねる工程から、蒸したり油で揚げたりする工程があり、1分当たり80~120袋が次々と出来上がる。敷地内には、レストランや土産物売り場が併設され、そばやうどんを打つ体験もできる。

 秋の行楽シーズンを前に社長の栗木良祐さん(57)は「五庄屋の歴史的な背景を含め、うきははフルーツだけじゃないことを知ってもらえたら」と語る。国内で流通する小麦は米国やオーストラリアなど海外産が主流だが、栗木商店では一部にうきは産や県産のラー麦を使って「うきは麺」のブランド化も狙う。

 毎年、母の日に当たる5月の第2日曜には、市内の神社境内で「うきは麺祭り」が開かれ、多くの市民がそうめん流しに舌鼓を打つ。地元のそうめんの魅力を発信しようと、旧浮羽郡の製麺業者でつくる「うきは麺研クラブ」の主催で、1963年に始まった。「この日くらいはお母さんに昼食の準備を休んでもらおうという思いも込められています」と栗木さん。半世紀以上にわたって日本一長く続くそうめん流しとして知られ、今年も約3千人が訪れてにぎわった。

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 県製麺組合に加盟する栗木商店、小林製麺工業(うきは市浮羽町)、田中製麺(久留米市城島町)の3社は、共同で「筑後製麺所食べめぐり」(9日~10月31日)のスタンプラリーを催す。3社のレストランで食事や買い物をしてスタンプをそろえると、3社の商品の詰め合わせがもらえる。

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