自らの命と引き換え…乗客救った青年車掌 72年前の長崎バス事故が伝え続けるもの

西日本新聞 長崎・佐世保版

 戦後間もないころ、自らの命と引き換えにバスの乗客を救った青年車掌がいた。長崎バスを運行する長崎自動車(長崎市)の元車掌、鬼塚道男さん=当時21歳。1日で事故から72年がたつ。鬼塚さんは今でも命を預かる任務の重さを後世に伝え続けている。

 事故があったのは1947年。その日、鬼塚さんが乗り込んだ木炭バスには約30人の乗客が乗っていた。午前10時ごろ「地獄坂」と呼ばれていた急勾配の打坂峠(現時津町)にさしかかり、登り切ろうとしたとき、ギアシャフトが故障し、徐々に加速しながらバスが後退し始めた。後退する先は、10メートル以上の崖だった。

 鬼塚さんはすかさず車内から飛び出し、近くの石をタイヤの下に差し入れたが止まらなかった。最後に鬼塚さんが選んだ手段は、自らの身をていすることだった。バスは転落寸前で止まったが、鬼塚さんは後輪の下敷きになり殉職した。

 鬼塚さんの供養と交通安全祈願のため、74年、時津町元村郷の事故現場付近に地蔵が建立された。8月29日、地蔵前で恒例の慰霊法要が営まれ約50人の同社員らが参列。嶋崎真英社長は「毎年ここで鬼塚さんの責任感の強さを思い、目頭があつくなる。改めて乗客の安全について考える一日になった」と話した。 

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