ネットの“ぬれぎぬリンチ”深刻化 「いつか犠牲者出る」被害者の恐怖 加害者にならないために (2ページ目)

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 この数年で、インターネット上による人権侵害は深刻化している。法務省によると、個人情報の無断掲示やヘイトスピーチなどの差別的書き込みによる「インターネット上の人権侵犯事件」の救済手続き件数は、昨年1910件。17年(2217件)に続いて2番目に多く、7年前の約3倍だ。

 全く関係のない人の人生を左右する悪質な書き込み。どのような罪に問われる可能性があるのか。

 Aさんの訴訟代理人の小沢一仁弁護士は、最初にデマを書き込んだ人だけではなく、デマの内容を転載したり拡散したりした全ての当事者が等しく責任を負うべきだと指摘する。「特定作業をして、名誉毀損(きそん)で慰謝料を請求していく」。Aさんの件では、数人から実名で謝罪があったといい、本名を出して謝罪してきた人に関しては「慰謝料を払ってもらい和解を考えている」と小沢弁護士は明かす。

 ネットで「犯人」とデマを拡散したり、誹謗(ひぼう)中傷などを書き込んだり、転載したりした場合は、名誉毀損罪や侮辱罪などが該当する。相手が会社や店舗であれば業務妨害罪-などにも当たる可能性がある。ただ、福岡県警が名誉毀損容疑で書類送検した9道県の33~63歳の男11人全員が不起訴になった。

 これに対し、石橋さんは検察審査会に審査を申し立て。示談が成立するなどした3人を除く8人を相手取り、損害賠償を求めて福岡地裁に提訴した。「個人情報がさらされ、殺害予告まで受ける。このままでは、いつかデマ拡散による犠牲者が出る。」と強調。「人の命が奪われてから法を作ったのでは遅い。今こそ新たな法整備を」と語気を強めた。

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 “ぬれぎぬリンチ”を助長する存在として「まとめサイト」や「トレンドブログ」がある。殺人事件や大きな事故などが発生すると、関連する情報をニュースやSNSなど各所から集めて真偽を問わず過激な表現で掲出されることが多い。

 九州北部で今年7月、女性が殺害された事件では、警察が捜査本部を設置したその日のうちに「犯行の動機は?」「顔写真とフェイスブックを特定!」といったタイトルのまとめサイトが複数立てられた。記事はいずれも根拠が薄く、被害者の親族を犯人視するものも。約1週間後に逮捕されたのは、被害者とは全く面識のない男だった。

 こうしたサイトについて、石橋さんは「匿名がほとんどで、誰も責任を取らない」と頭を抱える。情報の多くは、ネット上に出た新聞やテレビの記事や地図を切り貼りして、SNSから写真やコメントを羅列する。多くは「調べたけど分かりませんでした!」「私立高校出身ということはお金持ちなんでしょうかね?」といった無責任な内容や推測がほとんどだ。

 小沢弁護士は「通常の記事と違って手間も掛からず広告費で稼げる。閲覧数を増やすために炎上気味のタイトルを付けるものも少なくない」と指摘する。民事訴訟では、広告費で稼いだ分に、慰謝料を上乗せして請求するつもりだ。

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 一方、西日本新聞など報道機関の取材では個人情報や事実関係を確認する「裏取り」が不可欠だ。報道する責任がある以上、確認できないものは記事に使うことはできない。話に具体性はあるか、矛盾はないか、その人しか知り得ない情報か-などに十分留意する。

 私自身、関係者の写真は、少なくとも2人以上の別の人に確認を取ってきた。 聞き込み取材などで「容疑者の勤務先だ」と聞いた場合には、必ずそこへ取材し、取材に応じたり事実関係を認めたりしてくれた場合にのみ記事として書く。

 それでも間違いを完全に防ぐのは難しい。本紙の事例ではないが、昨年7月、岡山県で起きた工場爆発事故で、通信社が爆発のものとして配信した動画は、中国で3年前に起きた事故の映像だった。03年6月に起きた福岡市の一家四人殺害事件をめぐっては、出版社の記事で犯人扱いされたとして、殺害された主婦の実兄が損害賠償などを求めて提訴。出版社側の敗訴が確定している。

 まとめサイトなどでは「マスコミが報じない真実」「マスコミより先に特定!」との見出しもよく目にする。安易に人権を侵害するような行為については、企業、個人を問わず発信者への責任が問われるべきではないか。匿名でなおかつ顔の見えない相手の言うことなら、なおさら慎重に真偽を見極めなければならない。

 拡散したい内容に根拠はあるか、出元はどこか、誰かを陥れるものではないか。気付かないうちに加害者にならないためにも、クリックの前に一度、想像力を働かせてみてほしい。

 激しい中傷に遭った石橋さんに届いた加害者男性からの手紙には、こう書かれていたという。

 「『自分だけは惑わされるはずがない』と根拠のない自信を持ってしまった」

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