アンプティサッカーW杯、日本に新たな希望(上)14歳のマリーシアに一目惚れ

西日本新聞

 2017年11月。ユーチューブで見た少年のプレーに一目惚れした。会いに行きたくなった。

 パスをもらう直前、マークにつく相手と絶妙な距離を取り、ボールを足元でキープ。相手が足を出すと、逆をついてドリブル突破。かと思うと、簡単にはたいて味方を使ったり、ワンツーでかわしたり、スルーパスを出したり。

 周りのプレーヤーはほとんどが体のできあがった成人。その中での14歳、156センチ、49キロの体だからこそ、技術、スピード、戦術眼が際だって見える。元ブラジル代表で、現日本代表のエースは「フェイントや賢さがあって、日本人らしくない、いやらしいプレーをする(ポルトガル語でマリーシア)」と絶賛した。

 片腕や片脚の切断障害者がプレーする「アンプティサッカー」。日本に伝わって約10年。4年前にはアンプティのW杯で日本代表が初勝利を果たした。国内での競技の進歩は続いているが、さらなる発展や競技の普及のためには、起爆剤が必要だと感じていた。

 このタイミングでの、少年の出現。将来〝もう一つのサッカーW杯〟のピッチに必ず立つはず。2018年、彼のプレーを見るため、大阪市と宮崎市を訪れた。(三重野諭)

 国内のアンプティ選手にサッカー経験者はわずか

 5月、大阪市であった「第5回レオピン杯」。毎年秋に川崎市で開かれる日本選手権と並ぶアンプティの国内2大大会だ。というより、この2大会以外に公式戦がないのが現状だ。

 アンプティは片脚の6人がフィールドプレーヤー、片腕の1人がGKを務める7人制。片脚のプレーヤーはクラッチと呼ばれる医療用のつえで体を支えてドリブルやシュート、ヘディングやボレーなども繰り出す。クラッチで故意にボールを触るとハンドの反則となるため、片脚でボールを扱わねばならず、技術も体力も要求される。通常のサッカー同様に体の接触や転倒も当たり前、過酷なスポーツだ。

 国内では9クラブ、約100選手がプレーするが、競技は普及途上で、人数不足のため紅白戦すらできないクラブがほとんど。試合に飢えて大阪に集まった大人たちの中で、当たり前のように先発を勝ち取った中学3年生の姿があった。

 アンプティの国内強豪クラブ「関西セッチエストレーラス」の9番、近藤碧選手(14)=大阪市。予選リーグ初戦でいきなり、関西が勝ったことのない、優勝候補「FCアウボラーダ」と激突した。

 近藤選手はドリブルやスペースへの飛び出しで相手ゴールを脅かす。チームが先制点を奪うと、貴重な2点目を自ら決めた。ペナルティエリアで粘る味方を信じ、ゴール正面に位置取り。ラストパスを待っていたかのようにダイレクトで右隅に蹴り込んだ。ピッチ上の最年少が落ち着き払った一撃。2-0で難敵を初めて下す原動力となった。

【写真:ボールをキープする近藤選手】

 14歳でも活躍できるのは理由がある。国内のトップ選手は切断前、もしくは義足を使って通常のサッカーをプレーしていた選手がほとんど。だがプレーヤー全体で見ると、サッカーの経験者はわずかだ。

 近藤選手も小1から左脚を切断した小6まで、地元のクラブチームでプレーしていた。ポジションは左サイドハーフ。「ドリブルで相手を抜くのが楽しかった」。柿谷曜一朗選手やネイマール選手に憧れ、Jリーガーや日本代表を目指したサッカー少年だった。

交通事故で切断「脚ってもう治れへんの?」

 その夢を交通事故が奪った。15年12月29日、自転車に乗っていて、横から車が接触した。気がついたら病院のベッドの上。外傷性くも膜下出血や左脚の開放骨折との診断だった。左脚には血管損傷もあり、切断手術に至った。

 「碧の脚ってもう治れへんの?」。手術後、麻酔から覚めた近藤選手は、母親の恵さん(39)にこんなLINEを送ったという。

 恵さん「大人からしたら、切断してんねんから、脚が生えてくるわけもないし、碧のニュアンスが、どんな意味が分からなくて。でも夜中やし、きっと不安なんやろうなと思って。刺激しても怖いから、『ママもお医者さんじゃないから分かれへん。先生に一緒に聞こう』とやんわり返してたんですけど」

 「(片脚がなくなり)ママのお手伝いもできへん」。3日ほどやりとりが続いたのち、恵さんはとうとう切り出した。

 「もう、切断してる脚は生えてけえへんやろ」。母思いで、サッカー大好き。大切な息子に、いつまでも現実を伝えないわけにはいかなかった。「うん」という答えだけが返ってきた。

「絶対にアンプティに来てほしい」関西のエースが勧誘

 主治医からも経過説明を受けたのちに、近藤選手は尋ねた。「サッカーできますか」。「義足を着けてサッカーする方法もあるし、アンプティサッカーもあるよ」。アンプティの名を聞いたのは、その時が初めてだったはずだが、本人の記憶には残っていなかった。「これからどうしよう。サッカー選手になられへんから、日本代表になられへんから、夢を変えないかん」。恵さんにそう語っていた。

 入院は8カ月に及んだ。サッカーに再び向き合えたのは終わりごろ。リハビリで仮の義足を履いてボールを蹴った。まだ慣れず、歩くのも痛かったが「蹴ったら、めっちゃ楽しくて」。だが改めて作った「本義足」では、思ったように走れなかった。

 とはいえ、アンプティに興味は持てなかった。退院後、クラブのコーチや母親から「やってみたら」と誘われたが、どんな競技か知る気にもならなかった。そんな彼に熱視線を送り続けたアンプティの選手がいた。

 関西セッチエストレーラスのエースで、日本代表でも中心を担う川西健太選手(18)。病気で骨盤を切除する以前に所属していたサッカークラブが、近藤選手のクラブとよく対戦していた。「サッカーやってたんやったら、絶対にアンプティに来てほしい」と声を掛けたのだ。

 川西選手「母親からまた聞きで彼のことを知った。一緒ぐらいの年代なんで、入ってきてほしいとずっと思っていた。クラブのコーチや自分の母親を通じて『1回練習に来てみて』って言い続けた」

 「1度ぐらいなら」。退院から1年後の昨年8月、近藤選手は関西セッチの練習に参加した。いきなりアンプティの迫力の虜になった。「こんなに激しいとは思ってなかった。選手は動くスピードも速いし、めっちゃ蹴れるし。プレーしてめっちゃ楽しかった」と興奮気味に〝初対面〟を振り返る。その日にクラブ加入を決めた。

【写真:大阪市での大会のハーフタイムにベンチで笑顔を見せる近藤選手(右)】

スピードなら大人にも勝てる「楽しい」

 3カ月後の昨年11月、私がユーチューブで見た日本選手権は近藤選手のデビュー戦だった。「大人の相手を背負ったらつぶされるけど、スピードなら勝てる人もいる」。ボールをもらう前の動きを特に意識し、スペースに動いてグラウンダーでもらうことを心掛けた。「初めての大会で緊張した」という言葉と裏腹にゴールを量産し、大会の新人賞を獲得。「チームが勝つのはうれしいし、大人に勝つのは楽しい」。さらに競技にのめり込んだ。

 事故前に所属していたクラブの練習にも通う。クラッチを使うため、自主練習の時間が長いが、それでも「鳥かご」(守備側を囲み、ボールを取られないようにパスを回すメニュー)などに参加すると「練習になる」と実感する。

 1度は細くなった右脚も鍛えられてきた。切断手術の際、骨を包むためなどに右脚のふくらはぎから肉をそいでいたが、くぼみがふくらんできたと感じる。その右脚でボールを操り、相手を抜いたり、完璧なスルーパスを出したりするのが快感になった。

15歳のライバルとともに代表にサプライズ選出

 「トラップもうまいし。シュートも強い。自分もあんな強いシュートが打てるようになりたい」。目標に掲げる川西選手とのコンビネーションも磨いた。今年5月の大阪の大会では、いずれかがボールを持ったときに、まずお互いの動きを意識し、2人で相手守備を崩す。幾度となくそんな場面があった。

 川西選手「去年はいきなりの試合でかみ合ってなかったけど、今は碧が良いところに走り込んでくれる。(ピッチに)おってくれるだけでプレーの選択肢が広がるし、全然違う。日本代表にも一緒に入って、2人で崩せたらもっと面白いかな」

 今年は4年ぶりとなるアンプティのW杯が10、11月にメキシコで開催される。大会に臨む日本代表15人が7月に発表され、近藤、川西両選手も選ばれた。川西選手は順当と言えるが、近藤選手の代表入りには驚きもあった。

【写真:ライバルクラブの15歳とマッチアップする近藤選手(右)】

 代表にはもう1人、期待の若手がサプライズ選出された。5月の大会で関西セッチに1度は敗れながら、決勝では優勝をつかんだ、FCアウボラーダの15歳だ。近藤選手とのマッチアップもあった彼のことも、昨年ユーチューブで見てから気になっていた。若い2人には共通点もあった。

下へ続く

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