カズ母が橋渡し、静岡でアンプティサッカー歴史的一戦 片脚の“超人的”プレーにW杯選手も驚き

西日本新聞

 片脚や片腕を切断、もしくは先天的に失った人たちが戦う「アンプティサッカー」。初めて聞く方も多いと思うが、つえを支えにジャンピングボレーを放つ“超人的”な選手の姿には目を見張るだろう。その新しい競技が1月8日、歴史的な日を迎えた。静岡市であったサッカー日本・韓国OB戦の前座試合に登場。迫力のプレーは、OB戦を見に来た静岡のサッカー通をうならせ、日本代表OBを驚かせた。(三重野諭)

  アンプティ(amputee)は「切断者」を意味する。片脚の6人が医療用のつえを使ってフィールドプレーヤーを、片腕の1人がGKを務める7人制。オフサイドはなく、選手交代は自由だ。

 プレーの最大の特徴は、つえを支えに脚を後ろに持ち上げ、振り子のようなフォロースルーで放たれるキック。GKによると、トップレベルのシュートの威力は、健常者並みという。相手をかわすドリブルやダイレクトのパス回しなどの華麗な技に加えて、体をぶつけ合うプレーの迫力も魅力。通常のサッカーの4割ほどの広さのピッチを、つえを使って片脚で走る6人でカバーしなければならない、過酷な競技でもある。

 2008年に競技が輸入されて以降、日本は海外で開かれたアンプティサッカーのワールドカップ(W杯)に3度出場。国内大会も9回開かれている。過去にJリーグの試合前、プロモーション映像が流されたことはあったが、サッカー観戦目的の観客の前での試合は今回が初めて。国内大会はいずれも入場無料だったため、お金を払って見に来た観客に対しての試合も初めてだった。

 そんな歴史的な一戦のきっかけを作ったのは、前人未到の50歳での現役を迎えようとするレジェンドの母。静岡市出身の三浦知良選手の母、由子さんだ。由子さんは競技や大会などを統括する日本アンプティサッカー協会の名誉会員で、良き支援者でもある。

静岡のクラブの名付け親はヤス

 「(OB戦の開催に関わった)義理の弟(納谷義郎さん)から、『アンプティを前座でどうか』という提案があって、関係者に話したら、みんな喜んでくれて。静岡は(アンプティサッカーW杯の)代表が3人いるんですよ。静岡の人に試合を見てほしい、競技を広めたいという思いがありました」

 ちなみに、静岡のアンプティサッカークラブ「ガネーシャ静岡AFC」の名付け親は、三浦泰年氏(鹿児島ユナイテッドFC監督)。「泰年に『何か思いあたる名前はない』って話をしたら、『ガネーシャはどう?』って言ってくれて。『守り神』っていう意味が良かった。選手やクラブにとって、力になるじゃないですか」

 偉大なサッカー兄弟の母らの縁で実現した舞台。「お金を払って見に来る人たちには、国内最高峰の試合を見せるべきだ」。アンプティの関係者が用意した対戦カードは、関東の雄「FCアウボラーダ」と、九州出身・在住者でつくる「FC九州バイラオール」だった。

【写真:つえで踏み切り片脚でジャンプ、ヘディングシュートを放つ選手】

最高峰のライバル対決、ジャンピングボレーに歓声

 両クラブは年に2回の国内大会で、日本一を分け合っている2強。日本アンプティサッカー協会の最高顧問、セルジオ越後氏が「東と西の横綱」と称するライバルだ。ともに背番号10を背負うアウボラーダのエンヒッキ・松茂良・ジアス選手(27)=東京都=と、九州の萱島比呂選手(21)=大分県=はアンプティ日本代表の中心。日本の2大エースを見せる機会でもあった。

 関係者の狙い通り、宿敵対決は前座という雰囲気とはほど遠い真剣勝負になった。直近の対戦、昨年10月の日本選手権決勝で敗れた九州が借りを返そうと、積極的に前からプレスを仕掛ける。アウボラーダは九州の攻撃的な守備をかいくぐろうと、後ろでパスをつないで攻めに転じた。

 当日は寒さに加え、アンプティの試合中から雨が降り始めるなど、天候には恵まれなかった。メーンのOB戦の2時間以上前にキックオフだったこともあり、前座試合ではさすがにスタンドは埋まらなかったが、熱心な観客は試合に見入っていた。ジャンピングボレーなどのアクロバティックなプレーには、「おお」「すごい」といった歓声も上がった。

 お互いにミスの少ない、締まった一戦の勝負を分けたのはセットプレー。後半、ゴール前のフリーキックの場面。直接シュートを狙うかと思いきや、意表を突いた横パス。走り込んだ萱島選手がダイレクトでグラウンダーのシュートを放つ。アンプティGKの弱点ともいえる、手のない側を抜いてネットを揺らした。「シュートをするそぶりを直前まで見せないようにして、フリーで打つことを狙った」と萱島選手。この試合のために準備していた、トリックプレーだった。アウボラーダは病気とけがで主力2人を欠いていたことも響き、1-0で九州が押し切った。

  観客の目にはどう映ったのか。静岡県藤枝市の仲間大輔さん(34)は、同市内のイベントでアンプティのプレーを見たことがあり、「ぜひ試合を見たい」と来場したという。「趣味でサッカーをやっているが、片脚でのボールコントロールはまねできない。レベルの高さを感じたし、周りのお客さんも興味深く見ている人ばかりだった。また試合を見たい」

 静岡市のサッカークラブ「静岡まちかどFC」の児童らは「初めて見てびっくりした」と口をそろえた。「脚がないのに俺よりうまい」「タックルの当たりがすごい」「つえなのに足が速い」と興奮気味。「どれだけ難しいか、体験してみたい」との声もあった。

【写真:アンプティサッカーを興味深そうに見る、サッカー韓国代表OBの関係者】

「アンプティでも日韓戦を」

 日本代表OBにはもっと響いていた。元日本代表監督で、日本代表OB・OG会の会長を務める石井義信氏は「初めてアンプティを見て、びっくりした」と試合後の九州の選手に話しかけて激励。取材に対し「片脚でつえをつきながら、バランスが取りづらい中であれだけのプレーができる。体の入れ方もうまい。OB・OG会としても、競技の普及に協力したい」と語った。九州の選手によると、韓国側の関係者らしき人から「韓国にはブラインドサッカーはあるけど、アンプティでもぜひ日韓戦をやりたい」と話しかけられたという。

 観戦した複数の関係者の中に、特に熱いまなざしを送った日本代表OBがいた。1998年のフランスW杯のメンバーで、清水エスパルスでDFとして活躍した斉藤俊秀氏。ユーチューブでアンプティのダイジェスト動画を見たり、つえでのプレーを体験したりしたことがあるという。

  「映像では、両クラブの10番(エンヒッキ、萱島両選手)が相当目立ったプレーをしていた。個人技でぐいぐいいくシーンとか、チンチンにする(こてんぱんにする)シーンとか。2人ともすごいプレー、天才的なプレーでした。その両10番が目立つ試合になるのかなと思っていた」

斉藤俊秀氏「プロフェッショナルゲーム」

 ところが、試合はそうした斉藤氏の想像の「一歩先を行っていて、驚いた」という。 「今日はなかなかそういう(両10番が目立つ)シーンが出てこない。お互いの良さの消しあい、みたいな、玄人好みするような試合展開になっていた。にらみ合いというか、サッカーでいう『プロフェッショナルゲーム』でした。才能豊かな両10番がいる中で、周りのレベルが上がっている。レベルの高いチーム同士でした」

 冷静で丁寧な語り口で、サッカー人としての驚きを表現した斉藤氏。アンプティを体験した感想も尋ねてみた。

 「(つえを使うと)どうしても力が入っちゃうんです。慣れてくると、たまに自分にとってニュートラルポジションになるけど、まだ僕は腕で何とかしようとしている。すごく奥が深い。天性のものだけじゃなくて、つえをしっかり使いこなせないといけない。ある程度フィットネスレベルも上げないといけない。ということは、選手たちは相当な努力、絶えず努力をされているということです。そういうことを考えたら、健常者のサッカー選手ももっとやれることはあるし、相互交流できたりしたら、すごくいいことだと思いますね」

 歴史的な一戦に賛辞を送った観客や元日本代表たち。アンプティ選手たちのプレーは、競技を普及する確かな一歩として、人々の記憶に刻まれた。

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