「山里の美術館」は生きている 72歳のアーティストが福岡・朝倉の豪雨被災地へ伝えたメッセージ

西日本新聞

完成した作品の前に並ぶ柳和暢さん(左から5人目)をはじめとしたアートライブの出演者たち 拡大

完成した作品の前に並ぶ柳和暢さん(左から5人目)をはじめとしたアートライブの出演者たち

 「『山里の美術館』は生きている。それを伝えに来た」

 2017年夏の九州豪雨の被害による休館を経て、昨春再開した福岡県朝倉市黒川の現代アート美術館「共星の里」。開館20年を記念したアートライブ「氣炎(きえん)」が3日夜にあった。ライブペインティングで国際的にも高い評価を受ける72歳のアーティスト、柳和暢(かずのぶ)が音楽家や舞踏家、映像作家と共演、縦4メートル、横7メートルの厚紙に即興で大作を書き上げ、再生の息吹を吹き込んだ。(敬称略)

【写真:大鼓、サックス、ダンス、ドローンが映し出す制作風景、そして観客。多くのエネルギーを吸収し、柳和暢さん(中央)は作品に向き合った】

「ここに集う人が星のように輝きながら生きていけるように」

 「共星の里」の名に込められた思いを、同館アートディレクターでもある柳はそう説明する。

 2000年4月、旧黒川小の校舎を改修して開館。九州豪雨では、敷地が流木や土砂に覆われたが、奇跡的に校舎内の収蔵品は無事だった。支援者やボランティアの助力もあって活動再開にこぎ着けた。

 だが、今回の記念ライブが催されたのは自然に囲まれた「共星の里」ではなく、九州最大の繁華街、福岡市・天神のホール。美術館のある黒川地区までの道路事情は依然として悪く、大きなイベントを開くのは難しかったからだ。

 「あえて天神に打って出た。『共星の里』は健在だと、より多くの人に伝えたい」

【写真:ホールの前では九州豪雨当時の被災状況を伝えるパネルが展示された】

 「共演者、会場に来てくれた人のパワーをくみ取り、作品に注ぎ込む」

 柳は自らのライブペインティングの信条をそう語る。

 ライブには、約200人が詰めかけた。昔からの仲間である大鼓の大倉正之助、映像作家のヒグマ春夫らに加え、身体表現の青山裕貴子ら若い世代も参加した。

 始まりは、神事のような静けさだった。豪雨前の山里の映像、災害で亡くなった人たちを弔うかのうような舞い…。

 だが、柳の登場で会場の雰囲気は一変した。72歳とは思えない腕の太さ、筋肉。舞台に敷かれた真っ白な厚紙の前で、筆を握り、気合を発する。

 その創作意欲を、大倉の大鼓がかきたてる。テンガロンハットをかぶった黒ずくめの服装で、柳を誘発するかのように鼓を打ち鳴らし、掛け声を上げる。

 -ブーン--。

 会場に不似合いな機械音が響いた。目を向けると、制作に没頭する柳の上空をドローンが飛び、状況をライブで伝えている。そこにヒグマの手掛けた波動のような映像、舞踏、サックスの音色が絡み合う。

 新と旧、和と洋、神聖さと喧噪(けんそう)…。柳が呼応し、踊るようにダイナミックに筆を振るう。

 開始から40分。全身全霊を込めた作品が完成した。力尽きたかのように、片膝をつく柳の前で、スタッフたちが作品を掲げた。拍手が起きる。黒、白、青、黄…。生き生きとした色の躍動が被災地に「氣」を送っているようだった。

 終演後、次々と観客が柳の元を訪れ、記念撮影に納まった。それにしても不思議な絵画だ。作品の前に人が立つと、逆に味わいが深くなる。朝倉の復旧・復興に向けて、カギを握るのは地域内外のマンパワー、それを象徴するかのような作品だ。

【写真:柳和暢さん(左)と大倉正之助さん。2人は刺激し合い、作品に朝倉再生のメッセージを送り込んだ】

 被災地・朝倉では、2年間の応急仮設住宅の入居期限を迎え、復旧・復興は新しい段階に入った。だが、黒川の集落の中には、復旧工事が終わるまで帰還さえできない「長期避難世帯」もあり、地域の未来は見通せない。

 「だからこそ、『共星の里』が光をともし続けなければならない。一人でも多くの人が黒川に来るように、帰ってくるように」。柳は、これからも山里の星であり続けたいと願っている。(中野剛史)

福岡県の天気予報

PR

PR

注目のテーマ