琉球王国の「江戸上り」、逆に下る”81歳の悪遊び” 心は「ぬーたんきーが」米在住の比嘉さん

西日本新聞

 東京から沖縄本島の端、沖縄県糸満市喜屋武岬まで徒歩で旅をしているウチナーンチュ(沖縄の人)がいる。米ニューヨーク在住で同県名護市出身の比嘉良治さん(81)=写真家、ロングアイランド大名誉教授=は「江戸下り」と称して歩き続けている。今月上旬、福岡市内に立ち寄った比嘉さんは「81歳の悪遊びですよ」と笑顔で語った。

 沖縄が琉球王国だった頃、琉球から使節団を送った「江戸上り」の道のりを逆行したいと思い、東京から沖縄までの約1600キロを歩くことを決意。昨年8月に出発し、東海道を通り、江戸上りの途中で倒れた琉球人の墓がある静岡や豪雨被害があった四国を見て回った。だが途中で家族が病気になり米国へ戻り、約1カ月で旅を中断していた。

 今回の旅のスタートは今月1日、昨年立ち寄らなかった山口県下関市から。九州、奄美大島を経て沖縄を目指す。立ち寄った先に宿がないときは電車や車でいったん戻り、翌日に歩いた地点から再出発する。

 比嘉さんは61歳の時、「ばかなことをしてみたい」と自転車で米大陸を横断し、70歳になると「むずむずする」とノルウェーからモロッコまで自転車で縦断した。80歳で思い付いたのが「江戸下り」だった。

 旅の目的の一つは沖縄ゆかりの地を巡り、人と触れ合うことだ。今回は約500キロの道のりだが不安はない。子供の頃から大好きだった言葉「ぬーたんきーが(何もびくびくするな)」を心に抱いて歩き続ける。

 高校卒業と同時に沖縄を離れたが、根底にはいつも故郷名護への思いがあった。台湾で生まれ、終戦まで育った。沖縄に戻っても、食べる物もない貧しい時代。特に名護は田舎で、同級生は畑を耕しながら勉強していた。自分は勉強も畑仕事も嫌い。そんな時、名護高校時代の恩師は、絵ばかり描く自由な比嘉さんを認めてくれた。多摩美術大へ進み、絵画と写真に触れ、米国の大学で教えるまでにもなった。

 沖縄に着いたら、埋め立てが進む辺野古も回る。比嘉さんは沖縄の自然が壊されていくことに疑問を感じている。終戦直後の記憶がある。米軍が飛行場を造るため、家の土地の田んぼをつぶすのを目の当たりにした。「沖縄の美しい自然や動物、植物を残してほしい。平和な場所であってほしい」と願う。

 常に好奇心を抱き、冒険を続ける比嘉さんは、6日に福岡市を出発し、南下。10月中に旅を終える予定だ。「ゆっくり行けば必ず着くんだから。楽しいことしかないよ」(阪口彩子)

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