父と免許と時々、家族 藤崎 真二

西日本新聞 オピニオン面

 「運転できることを確かめに行くよ」。そう言って78歳の父を鹿児島県交通安全教育センターに連れて行った。1人暮らしの父が認知症と診断され、遠距離介護を始めて間もない2013年のことだ。

 実家は急勾配の坂の上。近くにスーパーはなく、車なしの生活はあり得なかった。車好きでタクシー運転手だった父は、助手席に座ると「ここはゆっくり行かんと危ない」とか「はい、いったん停止」などと声を掛けた。ほぼ的確に。だが認知症になった以上、一刻も早く運転をやめさせなければならなかった。

 「事故やら起こすわけない」と自信満々の父と言い争いながら考えたのは、安全運転ができなくなっている事実を突き付けることだった。県警に問い合わせ、臨時適性検査があると分かった。不合格なら免許取り消し、本人が納得すれば返納の形を取って、身分証になる運転経歴証明書を受け取れる。

 センターでは、認知症の程度を調べるテストとシミュレーターでの実技検査を受けた。結果は散々。「取り消しにするしかないですよ」。担当者にそう言われ観念した父は返納に同意した。長年、自分の足だった車。不便という以上に自由をもがれた喪失感からか、表情はうつろだった。

 その後の生活はというと介護サービスをフル活用した。買い物は家事支援のヘルパーさんにお願いし、月ごとに精算。行きつけのファミリーレストランにはタクシーで行ってもらい、支払いはチケットで。これも月ごとに精算し、いずれも請求額を各業者の口座に振り込んだ。なぜか父は、壁に張った電話番号を見てタクシーは呼べたようだ。

 車を処分するまでに一時、鍵を預かってもらったのは担当のケアマネジャー(介護支援専門員)さんだ。その後も水虫の悪化や虫歯などの治療が必要なとき、病院の予約や同行してくれるヘルパーの手配をお願いした。車のない1人暮らしを支えるのに欠かせない存在だった。認知症だったおかげで介護保険のサービスを使えた父はついていた。

 9人が死傷した福岡市早良区の惨事など高齢者の事故が相次いだ。免許返納が取り沙汰され、車の安全装置開発や高齢者向け免許の創設などの検討も進む。ただ個人の平穏な日常を維持するには、決断が求められる場面が次々にやって来る。そこには誰にでも当てはまるマニュアルはない。身近な家族ら周囲が手を差し伸べてほしい。

 父を見送って1年半。父が加害者にならず人生を終えられたことに胸をなでおろすだけである。 (論説委員)

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