【記者コラム】28歳記者、被害者遺族に聞いて考えた 実名か匿名か…悩む判断

西日本新聞

「同じ事件の遺族でも、考え方は人それぞれ違う」と語る広瀬小百合さん 拡大

「同じ事件の遺族でも、考え方は人それぞれ違う」と語る広瀬小百合さん

 35人の命が奪われた京都アニメーション放火殺人事件で、京都府警は遺族が実名公表を了承していない20人を含む犠牲者の実名を明らかにした。報道各社がそれを報じると、インターネット上を中心に実名報道を巡り賛否両論の議論が湧き起こった。犠牲者には、28歳の自分と同じ20代が多い。記者になって5年目。事件や事故の記事を書いてきた側の一人として、過去に起きた事件の被害者遺族たちの声を聞き、被害者や遺族と報道について考えた。(黒田加那)
 

「遺族の意向があれば尊重すべきだ」

 鹿児島県日置市の二宮通さん(68)は2001年、自宅で妻を義弟に殺害された。当初から妻の実名はもちろん、自分の名前や職業、年齢も報道されていたが、事件現場となった自宅の映像がニュースで流れているのを見て衝撃を受けた。「どうなってんだこりゃ」。わが家が、まるで不気味な場所のように映されていた。無断で侵入した隣家の庭から撮影した社もあったと知ったが、怒る気力もなかった。

 被害者の実名報道について、二宮さんは「ABC(という記号)が亡くなったわけではない。名前は亡くなった人の尊厳につながる」と話す。ただ、「報道されることで世の中でいろいろ言われ、被害者や遺族は反論する元気もない。二次被害を考えれば、名前を出してほしくないという遺族の意向があれば尊重すべきだ」と力を込める。

 現在は九州・沖縄犯罪被害者連絡会「みどりの風」で、数多くの被害者や遺族の相談に乗っている二宮さん。記者が許可なく葬儀場まで入り込むなど、自分と同じように報道に傷つけられ、憤る人たちに寄り添ってきた。最近は過熱報道に加え、ネット上などで見られる被害者や遺族への攻撃的な言葉に苦しむ人が増えているのを感じる。「マスコミはひどかった。今はそれ以上に、世間からの声がつらい」
 

「報道で名前が出ていなければ、今のつながりはなかったかも」   

 「名前、出さなくてもいいんだ」。佐賀県鳥栖市の広瀬小百合さん(68)は京都アニメーションの事件をニュースで見て驚いた。1998年、当時大学生だった広瀬さんの次男は通りがかりの男2人から路上で暴行を受け、亡くなった。息子の名は新聞記事などで公開された。名前が出るのは当たり前だと思っていた。

 広瀬さんは被害者の実名公表について「事件やその人によって、考え方は異なる」とした上で「こういう人が突然犯罪に巻き込まれ、人生を奪われてしまったことは知ってもらっていい」と考えているという。

 報道で息子の名前を見て事件を知った近所の人が「大変だったね。手伝うことはない?」と優しく気遣ってくれた。次男の高校時代の友人たちが事件を知って集まり、通夜に来てくれた。20年がたった今も、命日に訪ねてくれる。事件当時は息子の友人の連絡先は分からなかった。何より悲しみに打ちひしがれ、連絡を取る余裕もなかった。「報道で名前が出ていなければ、今のつながりはなかったかもしれない」
 

実名か匿名か それぞれのリスクは   

 被害者の報道は実名か匿名か-。

 私自身の5年足らずの取材経験を振り返っただけでも、「被害者」「遺族」と一口に言っても、それぞれに違う思いがあった。

 苦しみの中で取材に応じてくれた人々でも、「被害者が生きた証を伝えたい」「同じような犯罪を防ぎたい」「現行の法では犯人が重い罪に問われないから、法改正を目指す」-などさまざまだ。同じ事件や事故の被害者の遺族で考えが異なる場合も当然ある。

 被害者の実名非公表が定着することにはリスクもある。仮に警察側が事実を正確に発表しなかった場合、外部から検証することが困難になる。報道の真実性を担保する上で、実名は重要な要素だ。

 さらに、「Aさん」といった記号や数だけでは伝わらない故人の具体的な人物像が、報道に触れた人々の心を打つ。事件や事故の再発防止や被害者支援につながる面も大きいはずだ。

 一方で、実名を報じる場合には、取材や報道の過熱が懸念される。

 私が2018年2月に取材した佐賀県神埼市の陸上自衛隊ヘリコプター墜落事故では、ある報道機関の記者がタクシーで被害者を追いかけ回したと聞いた。別の事件で、1人の被害者を複数の記者で囲んで話を聞いたこともあったが、果たして相手は嫌がっていなかったか。

 実名か匿名か-。一律に線引きして思考停止するのではなく、それぞれの事件や事故で、事情を踏まえて悩みながら、判断していくしかないのではないか。報道の目的と、目の前の人に寄り添う気持ちを忘れず、取材に当たることを肝に銘じたい。

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