天才は天才に容赦せず 上別府 保慶

西日本新聞 オピニオン面 上別府 保慶

 そうそう、あの頃は「アニメ」じゃなく「テレビまんが」と言ったっけ-。

 高度成長期に花開いた和製アニメの世界を作り手の立場から描くNHKの朝ドラ「なつぞら」。おかげで毎朝、懐かしさに浸っている。

 設定は東映動画(現・東映アニメーション)が「東洋動画」の名で描かれ、登場人物も大胆にアレンジされているが、それと分かるモデルがいる。中川大志さん演じる演出家はあの高畑勲さん。染谷将太さんのアニメーターは、ずけずけものを言うところが宮崎駿さんそのままだ。

 そして貫地谷しほりさんの「マコ」は、東映動画で育った女性アニメーターの先駆け、穴見和子(旧姓・中村)さんだ。結婚を機に退社したが、手塚治虫さんの虫プロダクションにスカウトされ、「リボンの騎士」などの作画監督を務めた。東映の守衛が女優と思い込んだほどの美人で、手塚漫画「三つ目がとおる」のヒロイン「和登(わと)さん」のモデルとされている。

 虫プロが「鉄腕アトム」で始めたテレビアニメの量産には、東映動画から何人も熟練者を引き抜いておきながら作画を省力したこともあり、質を重んじる宮崎さんたちには強い反発があった。

 手塚治虫さんが亡くなった1989年、多くの雑誌が追悼特集を組み、惜しむ声を載せた。ところが漫画情報の専門誌「コミックボックス」の5月号で、宮崎さんだけが、次のような強烈な手塚批判をぶった。

 「自分が義太夫を習っているからと、店子(たなこ)を集めてムリやり聴かせる長屋の大家の落語がありますけど、手塚さんのアニメーションはそれと同じものでした。昭和38年に彼は、一本50万円という安価で日本初のテレビアニメ『鉄腕アトム』を始めました。その前例のおかげで、以来アニメの製作費が常に低いという弊害が生まれました」

 亡くなった人の悪口は控えるのが世の常識だけに、これを読んだファンは仰天したものだ。宮崎さんは東映動画に入る前に漫画家を目指した時期があり、手塚漫画の影響を受けたのを認めている。しかし、ことアニメ作りに関しては、手塚作品の内容も、業界にもたらした影響も、もう、こてんこてんだった。

 ルネサンス期の2人の天才、レオナルド・ダビンチと年下のミケランジェロの間に対立があったのは有名だ。昭和のアニメ界にもこれに似た火花が散っていたことを「なつぞら」にはもう少し見せてほしかったと言えば、まぁぜいたくか。異色のドラマは間もなく終わる。 (編集委員)

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