平野啓一郎 「本心」 連載第7回 第一章 再生

西日本新聞 文化面

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画・菅実花

「未来?」
「はい。成人後の姿を、かなり正確に予想できます。」

 僕は、どうして正確に予想できたとわかるのだろうかと、流石(さすが)に訝(いぶか)った。正解は、永遠に失われているというのに。

 成長や老化は、なるほど、ある程度、予想がつくかもしれない。しかし、その子がいつか看板に額をぶつけて作る傷のかたちを、どうして予測できるだろうか?

 けれども、その未来の子供の姿に救いを感じている遺族もいるのだった。その不出来の指摘は、結局のところ、慎むべきなのだろう。第一、“ユーザー”こそは、そんなことは百も承知のはずだった。
「今日、決めていただかなくても結構です。ゆっくりご検討ください。ただ、複数のヴァージョンを作られても、結局、みなさん、一体に絞っていかれますね。……」
「……そうですか。――ただ、まだ、購入するかどうかを決めてないんです。どの程度、母を再現できるのかを知りたいのですが。」
「精度は、ご提供いただける資料次第です。写真と動画、遺伝子情報、生活環境、各種のライフログ、ご友人や知人、……サンプルとして、弊社で製作したVF(ヴァ-チャル・フィギュア)に実際に会っていただけると、色々ご理解いただけると思います。」

 そう言うと、野崎は立ち上がって僕を別室に誘(いざな)った。
 
       ◇

 体験ルームは、意外と平凡な応接室だったが、外部からは遮蔽(しゃへい)されていて、壁には闘牛をモティーフにしたピカソのエッチングが飾られていた。かなり古色を帯びていて、しみもある。最近の精巧なレプリカなのか、二十世紀に刷られたものなのか。

 ヘッドセットとグローブを装着しても、何も変化はなかった。僕は、これから対面するVFが、AR方式で、現実に添加されるのか、それともヘッドセット越しに見ている部屋が、既に仮想的に再現された応接室なのか、本当に区別できなかった。

 黒いレザーのソファの前には、コーヒーが置かれている。座って、それを飲めば、わかることだろうが。……

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化され、11月1日に公開予定。

マチネの終わりにの公式サイト

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