大黒流の台幕 福岡市博物館へ 戦火乗り越え1世紀使われる

西日本新聞 ふくおか都市圏版 手嶋 秀剛

 博多祇園山笠・大黒流の須崎町2区(すノ二)=福岡市博多区=が、町に大正時代から伝わる台幕を同市博物館に預けた。台幕は山笠の際、町の詰め所の周囲に張り巡らすなど、「すノ二」のシンボルとして代々受け継がれてきた。

 幕には「大正拾(じゅう)年」(1921年)とあり、町の前身・旧下鰮(しもいわし)町が98年前、大黒流の当番町を務めた記念に作られた。縦1・6メートル、横11・6メートルの染め物で、題材は江戸時代に流行した「雀(すずめ)踊り」。編み笠をかぶり、スズメのしぐさをまねて踊る侍が描かれている。高名な博多人形師、故小島与一が監修したと伝わる。

 45年6月の福岡大空襲では猛火が迫る中、町の神社から幕を持ち出した若者が近くの川に飛び込んで難を逃れた。戦後も幕は山笠のほか、婚礼や葬儀の会場にも張られて親しまれてきた。町には「幕洗い」と称して毎年、福岡市郊外の清流で洗濯をする行事もある。

 ただ、10年ほど前から幕に色落ちや傷みが目立つようになったため、同博物館に管理を託すことにした。博物館の松村利規学芸課長は「台幕が町の結束の象徴だったことに意味がある。博多の暮らしに根付く文化を、この幕が雄弁に物語っている」と語り、資料収集委員会に諮って所蔵品にする方針だ。

 今月10日、台幕を博物館に持参した「すノ二」取締の原寿始(ひさし)さん(38)は「戦災をくぐり抜け、100年近く大切にしてきた幕を、100年後の子どもたちにも伝えてほしい」。町総代の長澤正信さん(65)は「台幕は先人たちが町を守り、山笠を受け継いできた証し。私たちの宝を一番いい形で残せます」と話していた。 (手嶋秀剛)

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