文氏の自縄自縛を憂う 小出 浩樹

西日本新聞 オピニオン面 小出 浩樹

 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領による「検察改革」は醜聞と組織内対立が絡み、日本でも関心が高い。

 改革の原点は、文氏が秘書室長として仕えた盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領の自殺だと指摘される。今年でちょうど10年となり、より思いは強くなっているのだろう。

 2009年5月23日、土曜日の早朝。ソウル特派員だった私の携帯電話が鳴り、通信社・聯合ニュースの速報を、助手が自宅から刻々と伝えてきた。「登山中に滑落したそうです」…「自分で飛び降りたと警察が発表しました」

 報道各社が騒然としていたころ、文氏は悲報に落胆し、報復への小さな炎をたぎらせた。「彼の死は政治的な他殺も同然だった」(自伝「運命」)。

 盧氏は巨額の収賄容疑で最高検から起訴される見通しだった。命を絶ったのは大統領の任期を終え、政敵である保守派に政権を取って代わられて1年3カ月後である。

 文大統領による改革の主眼は強すぎる検察権力の分散だという。推進役としてチョ国(グク)氏を法相に就任させた。同じ進歩派として思想は近く、後継の大統領候補と考える人材だ。一方、改革に向けた歯車の両輪として検事総長に抜てきした尹錫悦(ユン・ソギョル)氏は、数々あるチョ氏の疑惑に切り込んだ。

 文氏にすれば「まさか」の展開だろう。2人のエネルギーは本来、保守派に向けられるべきはずだった。

 過去に積もった弊害を除去することを、文氏は「積弊清算」と呼ぶ。最大の政治ポリシーだ。積弊の象徴は朴槿恵(パク・クネ)前大統領ら保守派である。文氏にとって、彼らは日本による植民地支配の協力者だ。

 いわゆる徴用工問題を含めて「解決済み」とした日韓請求権協定さえ翻そうとするのは、保守派壊滅の一環とされる。そんな文脈から読むと、釜山、ソウル両市議会が可決した「日本戦犯企業条例」に、もはや驚きはしない。

 日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄決定で米国を激怒させ、秋波を送る北朝鮮からは「ずうずうしい」と突き放された。

 失業率の上昇など国内経済は既に危険水位にあると懸念される。過去の経済危機は、日米などの国際協力によって脱したのではなかったか。

 政策の多くが国力の自縄自縛につながっていることに、まだ気付かないのだろうか。

 10年前の自殺を報じる本紙記事は、盧政権をこう評した。<保守派や日本との対立を激化させた。経済失策などで就任当時80%台だった支持率は終盤5%に落ち込んだ>
  (論説委員)

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