中国よ、「矩」をこえるな

西日本新聞 オピニオン面

 1949年10月1日、天安門広場に集まった群衆を前に、中国共産党中央委員会の毛沢東主席が中華人民共和国の成立を宣言した。「共産党の中国」は来月1日、建国70年となる。

 この70年の中国の歩みを振り返れば、建国直後の政治的混乱を収束させ、政治の民主化を棚上げして経済の「改革開放」に集中した結果、米国に次ぐ世界第2の大国に成長した-と総括することができる。

 人間で言えば70歳、古希を迎える中国は、これからどういう国柄になるべきか。中国の古典「論語」にそのヒントを見つけた。

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 「論語」為政編に、孔子が自らの人生を振り返った一節がある。

 「子(し)曰(いわ)く、吾(われ)十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順(したが)う。七十にして心の欲する所に従って、矩(のり)を踰(こ)えず」

 「四十にして惑わず」などのフレーズがあまりにも有名だ。全体の意味を要約するとこうなる。

 「私は15歳で学問を志し、30歳で自立した。40歳であれこれ惑わず、50歳で天命を悟った。60歳で人の言葉を素直に聞き、70歳で思うままに振る舞っても人としての規範を外さないようになった」

 これは孔子個人の歩みだが、人間が人生の節目にどうあるべきかのモデルを示す格言としても読まれてきた。70歳より先はない。当時はそこまで長生きする人が少なかった。

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 この年齢モデルを中国の70年に重ねると、当てはまる部分があるのが面白い。

 中国「30歳」の1979年。この前後、失脚していた〓(〓は「登」に「おおざと」)小平が完全復活し「改革開放」路線を確立した。「三十にして立つ」である。中国の経済成長はここにスタートした。

 40歳にあたる1989年に起きたのが天安門事件だ。民主化を求める市民を軍隊で弾圧。「政治の民主化はしない。共産党一党独裁を貫く」姿勢を明確に示した。「四十にして惑わず」だ(本当は惑った方が良かったのだが)。

 50歳の「天命を知る」の頃から、中国は大国としての影響力を意識し始め、国際社会での自己主張を強める。ただ60代の中国が「耳順う」の言葉ほど、膨張志向を危惧する周囲の声に耳を傾けたとは言い難い。

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 そして今、70歳の中国に求められているのがまさに「矩をこえず」だ。

 「矩」とは方形を書く物差しのことで、転じて決まりやおきての意味がある。

 中国は南シナ海で、中国の主権の主張を退けた国際機関の判断を無視し、軍事拠点化を進めている。香港では「一国二制度」の国際公約を形骸化させ、共産党支配の強化を図る。その独善的な振る舞いに国際社会の懸念は強まる一方だ。

 中国が国家としてやりたいことはたくさんあるだろう。しかしあくまで国際的な規範や常識を破らない形で進めるべきだ。「心の欲するところに従って、矩をこえず」。それが中国の伝統的価値観にもかなう。

 中国が国際社会の「責任ある大国」に落ち着くか、秩序を乱す「暴れん坊」になるか。そこに今世紀中盤の世界の命運がかかる。

 中国の指導者たちは論語を読み返してほしい。

 (特別論説委員)

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