平野啓一郎 「本心」 連載第10回 第一章 再生

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画・菅実花

 ただ、「尤(もっと)もらしい」ことを言っているに過ぎず、実際、こうしたやりとりは、大体いつも、似たり寄ったりなのだろう。情緒的な内容を含んでいるが、銀行の受付機械と、実際はそう大して違わないのではないか。

 第一、それを言うなら、柏原や野崎の言動こそ、僕が誰であろうと、そう大して変わらない、パターン通りの内容だった。彼らとて、一々(いちいち)、僕の心を読み取り、何かを感じ取りながら話をしているわけではなく、「統語論的に」応対しているだけだろう。
「お母様を亡くされたと伺ってます。きっと、あなたのお母様も、私と同じように、VF(ヴァーチャル・フィギュア)として立派に再生しますよ。娘はね、私と再会した時、本当に涙を流して喜んでくれましたから。もちろん、私も泣きましたよ。--心から。」

 僕は、中尾の姿に母を重ねようとした。しかしそれは、どう努力しても止めることの出来ない、破れやすい、儚(はかな)い幻影だった。それでも、母とまた、こんな風に会話を交わす日が来るという期待は、僕の胸を苦しみとしか言いようのない熱で満たした。

 母ではない。勿論(もちろん)、断じて母ではなく、そのニセモノに過ぎなかった。母は――母の心は――、永遠に失われてしまっている。それでも、たとえこんな玩具相手でも、この僕の心は蘇(よみがえ)るのではあるまいか?

 わかった上で欺(だま)されることを、やはり欺されると言うのだろうか? もしそれで幸福になれるなら? 勿論、僕は絶対的な幸福など、夢見てはいない。ただ、現状よりも、相対的に幸福でさえあるなら、残りの人生を、歯を喰(く)い縛ってでも欺されて過ごしかねなかった。……
 
 中尾は、何も言わない僕の表情を読み取ろうと凝視していた。そういう時間は、少し困惑した顔つきで待たせるように設定してあるらしかった。

 ほど経(へ)て、どういうわけか、応接室の入口から、また、野崎が入ってきた。

 僕は、馬鹿正直(ばかしょうじき)に驚いて、傍らを振り向いた。そこには、先ほどと変わらず、もう一人の野崎が立っていた。

 僕は、二人を交互に眺め、一種の羞恥心とともに、あとから入ってきた彼女に、
「こういうやり方は、感心しません。」
 と、感情を抑えながら不服を言った。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化され、11月1日に公開予定。

マチネの終わりにの公式サイト

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