白寿の調べ、元気届ける 鹿児島の元バンドマン岡田さん 通所の施設で伴奏、「音楽さまさま」

西日本新聞 社会面 河野 大介

通所するお年寄りのためにキーボードで歌の伴奏をする99歳の岡田順介さん(左)と、妻の春枝さん=11日午前、鹿児島県霧島市 拡大

通所するお年寄りのためにキーボードで歌の伴奏をする99歳の岡田順介さん(左)と、妻の春枝さん=11日午前、鹿児島県霧島市

 100年近い時を重ねてきた指先が、しっかりとしたメロディーを鍵盤に刻む。鹿児島県霧島市の岡田順介さん(99)は、通所する施設で高齢者たちの歌の伴奏を続けている。進駐軍や宴会客を相手にしていた元バンドマン。演奏する懐かしい曲が、年下ばかりのお年寄りを喜ばせている。

 自宅近くの小規模多機能ホーム「おあしす重久」では週2回、昼食前の「お口の体操」の時間にキーボードの音色が響く。「リンゴの唄」「おはら節」や自身が作詞作曲したホームの歌など約10曲を演奏。一緒に歌った女性は「元気になったー」と頬を紅潮させた。

 岡田さんは福岡市の川端地区出身で、父親は筑前琵琶職人。自身はハーモニカやウクレレに親しんだ。中古ギターに夢中になり、小説「楢山節考」の作者でギタリストの深沢七郎に習ったことが自慢だ。

 戦時中は軍需工場で働き戦後は進駐軍相手にダンスホールでバンドのギターを担当。数年でホールはつぶれ、妻子を養うため保険などのセールスマンになった。「ギターはできても話し下手やからもう貧乏貧乏。死んだ方がいいと思った」

 転機は、霧島にあったホテル林田温泉の芸能部員募集。ギターの腕を見込まれて1961年に入り、ピアノも覚えた。福岡市・能古島出身の妻春枝さん(86)は美空ひばり似の歌声や踊りを披露。「下手な歌なのに盛り上がって。いい時代やった」と笑い合う。

 順介さんは76歳ごろバンドを引退。春枝さんが通うようになった施設で3年前から演奏ボランティアを始めた。8月からは自身も通所しながら演奏を続ける。地域住民からは、夏祭りで披露する地元の歌の作曲依頼も舞い込む。疲れやすく耳も遠くなったが、地域とのつながりは心の支えでもある。「あっはっは。音楽さまさま」。苦もありゃ楽もある人生を謳歌(おうか)している。 (河野大介)

鹿児島県の天気予報

PR

PR

注目のテーマ