宇宙旅行だけじゃあ… 岩本 誠也

西日本新聞 オピニオン面 岩本 誠也

 転勤で福岡市を離れ、週末の時間を持て余している。

 昨年、一昨年の今頃は、西日本シティ銀行(NCB)が公募した合唱団の一員としてベートーベン「第9」の練習に励んでいた。12月にアクロス福岡シンフォニーホールであるNCB音楽祭が本番。今年も練習に熱が入っていることだろう。

 総監督から出演者まで九州にこだわるこの音楽祭は、福岡の年末恒例イベントに育ちつつある。マイナス金利の長期化など銀行を取り巻く経営環境が厳しくなる中、こうした催しを続けるのは簡単ではあるまい。社会貢献に積極的な姿勢をありがたく思う。

 練習の大半は日曜午後、博多駅近くの同行施設であったが、九州交響楽団の専用練習場「末永文化センター」(福岡市)にも足を運んだ。指揮者と九響メンバー、歌手の音合わせの場面ではピリピリした空気を肌で感じる。舞台裏をのぞけたのは得難い経験だ。

 同センターは駅弁会社の経営者だった末永直行さんが九響のために私財をなげうって建てた。専用練習場を持つオーケストラはわずかだった30年以上前の話だ。末永さんは今年5月に亡くなったが、地域や文化に対する熱い思いは語り継がれるに違いない。

 成功を収めた企業や経営者から地域への恩返しは九州でも枚挙にいとまがない。

 九州大の入学式や卒業式がある円形の椎木(しいき)講堂は、消費者金融の三洋信販を創業した椎木正和さん(故人)からの数十億円の寄付で建てられた。九州工業大は、筑豊の石炭で財をなした安川財閥の安川敬一郎氏が1907年につくった明治専門学校が前身。遊興にふける石炭成り金が多い中、国策事業によって得られた利益は国家のために使うべきであるとの信念で巨費を投じ、北九州地域の工業の発展を人材面で支えた。

 九州ではないが、日本テニス協会名誉顧問の盛田正明さん(ソニー創業者の一人、盛田昭夫氏の弟)が若手有望選手を支援する「盛田ファンド」も成果を挙げている。米国へのテニス留学から錦織圭選手らが羽ばたいた。今年のウィンブルドン・ジュニアの男子シングルスで優勝した望月慎太郎選手、全豪オープン・ジュニアの女子ダブルスでハンガリー選手と組んで優勝した長崎県佐世保市出身の川口夏実選手などが、その支援で才能を花開かせつつある。

 文化芸術を支援する企業メセナという言葉を聞く機会はめっきり減ったが、その意義は変わらない。巨万の富を得た成功者たちは、それをどう使うのか。宇宙旅行だけじゃあ、つまんない。 (論説委員)

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