麺食文化「始まりの地」 承天寺(福岡市博多区) うどん・そば玄界灘越え

西日本新聞 熊本版 益田 孝

 ビジネスマンや買い物客であふれるJR博多駅から徒歩10分足らず。博多旧市街の東端に位置する禅寺・承天寺(じょうてんじ)(博多区博多駅前1丁目)付近は、駅前の喧噪(けんそう)がうそのような静けさが広がる。博多千年門や植栽、石畳で彩られた承天寺通りは観光客にとって絶好の散策コース。一方、博多織やうどん・そばなどの発祥地であることを示す石碑が並ぶ境内は、大陸文化の窓口として栄えた中世・博多の歴史を思い起こさせる場所でもある。 (益田孝)

 承天寺は鎌倉時代の1241年、宋から帰国した聖一国師が開山。博多祇園山笠や博多織の発祥地として知られるが、日本を代表する麺食文化のルーツでもあることは意外に知られていない。

 うどん・そばは、聖一国師が中国から伝えた水力による製粉設備「水磨様(すいまよう)」によってもたらされたという。うどんの発祥には諸説あり「空海が伝えたとされる四国の方が古いのでは?」との反論も聞こえてきそうだが、水磨様は小麦粉の大量生産を可能にした製粉プラントだったことがミソ。地元のヌードルライター山田祐一郎さん(41)は「これで小麦粉が普及し、うどんが広く食べられるようになった。私は『うどん的産業革命』と呼んでいる」とその意義深さを強調する。

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 承天寺で一度は見ておきたいのが、方丈(本堂)から望む枯れ山水「洗濤庭(せんとうてい)」の絶景だ。

 玄界灘をモチーフとする石庭は、京都の名刹(めいさつ)の庭にも劣らぬ落ち着いたたたずまい。昭和後期の故進藤一馬市長が、執務に疲れた時の“隠れ家”にしていたことは知る人ぞ知る話だ。神保至雲住職は、笑いながら「『ちょっと昼寝させてくれ』と来ては、庭を眺めていたそうですよ」と、山笠をこよなく愛した名物市長のこぼれ話を打ち明けた。

 静寂の中、白砂の「海」を眺めていると、荒海を越えて大陸文化をもたらした中世の人々の苦難が目に浮かぶようだ。残念ながら一般の拝観は受け付けていないが、博多旧市街ライトアップウォーク(10月11~14日)などイベント会場として公開される機会は多い。また、地元の「博多ガイドの会」の案内(ガイド料千~2千円)があれば入場可能。同会の中野一博さん(68)は「1人でも申し込めるので気軽に声をかけてほしい」。同会事務局(博多区役所企画振興課)=092(419)1012。

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