石木ダムは「心の問題」か 北村地方創生相の発言を考える

西日本新聞 長崎・佐世保版

 北村誠吾地方創生担当相が佐世保市で14日に行った記者会見で、県と佐世保市が進める石木ダム事業について「誰かが犠牲になることも必要」と話し、議論を呼んでいる。発言から、石木ダム問題に対する北村氏の向き合い方が垣間見えた。

 新閣僚としての抱負を聞く会見だったが、あえて石木ダム問題を質問した。北村氏はしばらく沈黙し、記者の目を見据えた。「大臣としては直接の所管ではない。北村誠吾が『どう思うか』と聞いたんだな」と口を開き、地元政治家として語り始めた。

 北村氏は予定地を川棚町と言わず「川原(こうばる)」と集落名で呼んだ。現地へ何度も足を運び、建設に反対する住民の暮らしを追ったドキュメンタリー映画「ほたるの川のまもりびと」を見て「共感もした」と述べた。

 関心の高さは事前に感じていた。厳しい論調で書かれた石木ダムの記事が載ったとき「お叱りの電話をいただいた」と佐世保市職員に聞いたことがある。

 会見では、多くの言葉を石木ダム問題に費やす中で「犠牲発言」が出た。

 「農村の原風景というもので大事だろうけど、しかし、世の中でみんなが本当に困らないようにして生活していくためには、誰かが犠牲、誰かが協力、そして誰かが理解をして、みんなのために、自分たち以外の人のために役に立つことをしようじゃないか。世の中はいろんな人たちの積極的なボランティア精神で成り立っているのだから」

 日々の取材で感じることだが、石木ダムに関して政治家や行政職員ははっきりとものを言わない。北村氏の発言は初めて触れた政治家の本音かもしれない。

 北村氏はさらに、現地の住民を念頭に「心の問題」と持論を展開して「犠牲の尊さ」を説いた。

 果たしてそうだろうか。石木ダムは「心の問題」とは思えない。住民は今暮らしている場所が強制的に奪われるかどうかの瀬戸際に立つ。その実感があるのかどうか。他の為政者の本音も聞きたい。(竹中謙輔)

北村誠吾地方創生担当相の記者会見抄録 9月14日、長崎県佐世保市役所

 -石木ダム計画は、19日に家屋を含まない土地の明け渡し期限を迎える。安倍首相は「日本の美しい田園風景を残したい」と言っているが、まさに予定地は田園風景が広がる所。石木ダム問題に関してどのように考えているか。

 (しばらく沈黙)

 「大臣としては、直接の所管ではないと思う。だから大臣としてではなくて、市議会議員もし、県議会議員もした北村誠吾に、自民党長崎県連会長の北村誠吾に『どう思うか』と聞いたということだな」

 -地方創生の面でも関わりがあると思う。

 「地方創生。原風景。とても大事だ。俺も『ほたる川のまもりびと』(石木ダム予定地のドキュメンタリー)の映画を見た。長崎の映画館まで行って見た。共感もする」

 「ただ佐世保市民として大渇水を経験した。給水制限があったんだ。風呂おけにたまるだけためて使った。俺個人でもそうだったのに、お客さま相手の仕事、食べ物とかホテルとか旅館とか、そういった人たちは仕事にならずに大変だっただろう」

 「長崎県は佐世保に限らず、長崎市にしても人を迎えて栄える県です。『いま渇水ですから来ないでください。制限給水で水がちょろちょろですから、ペットボトルを持って来てください。お風呂はなしですよ』と(は言えない)。文化生活が高度になれば水の需要は増える」

 「本当に雨が降らなければ、どんなに大きなダムを造ってもだめなんだよ。だからできるだけのものを備えておかなければ、いざというときに間に合わない」

 「今の佐世保の上下水道の水源および給水、排水の状況と事情。130年前に海軍が鎮守府を置いて、基地をつくるために最先端の技術を用いてまちづくりをした」

 -水道施設も海軍が造った。

 「うん。水道は基本の基本だったわけだ。当時の最新の技術を用いて、コンクリートにしても鉄パイプ、鋳鉄管にしても優秀な物を使っているわけだ。130年ももったんだよ」

 「極端に言うと、僕が知る限り、ほとんどの130年前のものがぶっ壊れる寸前になっている状況。だから大規模な修理、補修をしないといかん。補修や修理をするには、代わりの水がめを用意せないかん。そういうことを石木、川棚の方にも理解していただいて。中核市の佐世保を中心にして、持続的な生活の発展をしていきましょうと」

 「農村の原風景というもので、住み心地の良い大事なものであろうけど、しかし、世の中でみんなが本当に困らないように生活をしていくためには、誰かが犠牲、誰かが協力、そして誰かが理解をして、みんなのために自分以外の人のために役に立つことをしようじゃないかと。世の中はいろんな人たちの積極的なボランティア精神で成り立っているのだから」

 「私が大切にしているものを『あなた方のために譲り渡しますよ』という決意と覚悟。それぞれの人がそれぞれの立場と生き方の中で、自分自身の何かを犠牲にして生きていると思うんだよ」

 「豊かな原風景の中で生まれ、そこで育ったことの幸せを自分たちは享受することができる。それを誰にも譲り渡すことができない権利があると、強く主張してはいけないとは、民主主義の国は言わない。法律や憲法もそうなっている。でも権利を主張するだけでは福祉は満たされない」

 「そういう事情があるから、土地収用法という非常に強行、強制的な、人の自由や権利をある意味で束縛、制限する法律を適用するという。そういうことを裁判所が認めることになった。それはなぜかをお互い、しっかり考えならければ」

 「あなた方の犠牲の代わりに、今の集落をできるだけなぞったような集落をつくってともどもに暮らせる。1人暮らしでかわいそうな老後を送ることにならないように、みんなで相談しながら集落全体の移転とか、そういうふうになる場所を見つけてね。心のつながりのある人たちのまとまりをつくっていく配慮が必要だと思います」

 「そういったこともまだ明らかに示されてなくて、林道の代替道路ができた、町道の付け替えができました。三々五々進められている。石木ダムができたらどんな絵姿が出てくるのか、イメージは俺たちに描けない。俺たちが描けないのだから、一般の方にはなかなか大変だろう」

 「もう少し分かりやすい行政をやれよ、国も県も市も。やっぱり愛着のある人たちは本当に心の問題だから。エックス線で撮って、MRIで撮って分かるものじゃないから。なかなかつらいよ。あなたの犠牲はこれだけの人たちにこのように役に立ってますと、もっと分かりやすく」

 「土地収用法で取り上げられた、召し上げられたという表現じゃなくて、土地収用法にのっとって協力せざるを得ないと。収用に至る厳しい条件が、あちら側にもわれわれの方にもあったんだと地権者が思うようにね、歩み寄りや真剣さが議論の中にあるべきだと思う」

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