「負けたら地球を破滅」 上別府 保慶

西日本新聞 オピニオン面 上別府 保慶

 暗殺された金正男(キムジョンナム)氏に生前会い、インタビューに成功したことで知られる東京新聞論説委員の五味洋治氏。彼は韓国で出たある本を読んで「事前に(内容を)知っていれば、スクープ記事を百本は書けたはず」と驚いたそうだ。

 その本とは2016年、韓国に亡命した北朝鮮外交官、太永浩(テヨンホ)氏が書いた「三階書記室の暗号 北朝鮮外交秘録」だ。金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長が、叔父の張成沢(チャンソンテク)氏ら有力幹部を次々に処刑していった舞台裏や、ベールに包まれていた北朝鮮の中枢機関「三階書記室」の実態などを暴露する。その日本語訳が今年6月、文芸春秋から出た。

 太永浩氏は亡命した北朝鮮外交官では、最高位の駐英公使だった。指折りの外交エリートだけに、解き明かす謎は多く、五味氏の感想はけっして大げさではない。

 中でも重いのは、北朝鮮がなぜ核開発にこだわるかを解説する第1章だ。朝鮮戦争の時、北朝鮮の民衆は米国による原爆投下を恐れ、朝鮮労働党が韓国へ逃げないように宣伝を強めても、歯止めが利かなかったという。

 太永浩氏は言う。「手をこまねいて避難民の行列を眺めていた金日成は、そのとき核兵器の威力を痛感する。物理的、軍事的威力ではなく、人間に与える心理的な威力に対してだ。金日成が原子爆弾の開発を決心し、核に執着しはじめたのもこのときからだ」

 しかし同盟関係にあるソ連と中国は、北朝鮮が力を増すのを避けるため、核開発に協力はしない。人材の養成と施設の建設は秘密裏に進んだ。そして1991年12月25日、金日成は軍幹部を集めてこう問いかけた。以下引用。

 「もはやソ連まで崩壊し、中国も韓国にすり寄っている。今後、どうすれば祖国統一が実現できるだろう? 韓国とアメリカに攻撃されたら、われわれの力だけで戦って勝てると思うか。正直に答えてみろ」(中略)

 誰もが答えをためらっていると金正日が立ち上がり、はっきりと言った。「首領様、われわれが負けたら、この地球を破滅させます」

 ようやく金日成は机をドンと叩(たた)き「私が聞きたかった答えはそれだ。われわれが負けたらこの地球は破滅させなければならない。われわれのいない地球など必要ない」と満足そうに言った。

 引用はここまで。いかがだろう。北朝鮮が執着するのは体制の維持であり、指導者が代替わりしても、核を放棄する意思などないのが浮き彫りだ。韓国で広く読まれたこの本。文在寅(ムンジェイン)大統領も知らぬはずはない。 (編集委員)

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