【動画あり】玉手箱開けラッパー誕生 ワタシペディア「私」事典~「老春」グラフィティ(5)

西日本新聞 社会面 吉田 真紀

ラップ、ひ孫、年金が「三種の神器」。ラッパー「MC玉手箱」こと川端矢須子さん(撮影・帖地洸平) 拡大

ラップ、ひ孫、年金が「三種の神器」。ラッパー「MC玉手箱」こと川端矢須子さん(撮影・帖地洸平)

 今年、新たなラッパーが産声を上げた。その名はMC玉手箱。御年89歳だ。

 ♪つけま付けてる、頭は金髪、その日暮らしの年金ギャル おっぱいたれる、よだれもたれる、それでも私はへこたれぬ!!

 ラップとは縁遠い老人施設で、韻を踏んだリリック(歌詞)を響かせる。MC玉手箱こと川端矢須子さん=福岡市=は、ど派手な手作り衣装と「徹夜で仕上げた」バッチリメークで登場し、高齢者に元気のお裾分け。自身も、老人ホームで1人暮らしの身だ。

 リリックは半生を語る。

 ♪大分に生まれ、戦争経験 戦後福岡嫁ぎました

 大分県宇佐市生まれ、8人きょうだいの三女。小学6年のとき、兄の勉さんがフィリピンのミンダナオ島に出征した。歌が上手で、地元の歌謡コンクールで鐘を鳴らす常連だったが、「石ころ」の遺骨になって帰ってきた。「地獄も悲しみも経験した。だから私は強いのよ」。20歳で「親同士が決めた、好きでも何でもなかった人」と結婚した。

 ♪公務員から美容師まで、いろいろ働き支えた家計

 夫はずっと単身赴任で、元祖「ワンオペ」で息子3人を育てた。夫の給料だけでは到底食べていけず、皿洗いも家政婦も、どんな仕事もやってきた。「自分の存在を社会から認められてみたい。技術を身に付けないと」。美容師を志したのは37歳のとき。「10代の若い子の中におばちゃんが1人。恥ずかしかったよ」。3年後、晴れて美容師になった。借金して開店したが、家賃や従業員の給料がのしかかり借金は膨らんだ。

 「貧乏界のトップクラス。でも、自分で思い立って始めたんだから、意地と見えっ張りで踏ん張ったわ」

 ♪人生振り返ってOK?

 70歳を前に美容師を卒業。借金は完済したがお金はなくなった。「楽しみもないし、死んでしまおうか」と頭をよぎった自分に問い掛けた。「かわいそうな人生だったね。このまま、死んでいいと?」

 気付けば、習い事を探していた。月謝が高い教室ばかりだったけれど、その中でただ同然の安さだったのが大道芸の南京玉すだれ。早速、弟子入りした。「私の人生変わったよ」

 ♪生きてるだけで丸儲(もう)け!

 芸を身に付け独立後、病院や施設へ「押し掛けボランティア」に。最初は自己紹介すらできなかったが、下手であればあるほど、お客さんは拍手をくれた。鬼嫁の悪口が得意な「ばばあのぼやき漫談」「じっちゃんたちが大喜びの偽おっぱい芸」などレパートリーを増やし、話術も磨いた。

 夫は天国に単身赴任中。両親もきょうだいもそこにいるが、今は笑顔と拍手を栄養素に生きている。「お迎えが来たら喜んで行くけど、1回でも多く舞台に立ちたいわ」

 ♪老婆は一日にしてならず

 昨年12月、大道芸の師匠から紹介され、地元のテレビ番組の企画でラップと出合った。抑揚を付けない独特の歌い方が難しく、何度も投げ出しそうになった。今では「入れ歯がガタガタ言うわ」と笑いを挟みつつ、「歯切れ良く」言葉を刻んでいる。やりたいことをやっているだけなのに、「ありがとう」と握手を求めてきてくれた100歳を超える女性に、言った。

 「長生きはするもんでごじゃいますねえ」

 「老春」真っただ中の高齢者たち。人生、いくつになっても輝ける。生き字引のMC玉手箱は、新たなリリックをつづった。

 ♪人生いろいろ、十人十色 がんばっとっしゃん、高齢者 上り下りの人生峠、マサカの坂も乗り越えて、たどり着いたは令和元年 衰えるわが身、嘆かず、恐れず、立ち止まらず 心鍛えて、見いだせ、あすの可能性!!

 =おわり (この連載は吉田真紀が担当しました)

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