「8強」天国の恩人に ラグビー日本代表ジョセフHC サニックス故宗政氏の誘いで来日

西日本新聞 大窪 正一

 20日開幕のラグビーワールドカップ(W杯)日本大会で日本代表を率いるジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ(HC)のラグビー人生を語るとき「福岡」とは切っても切れない縁がある。現役時代に西日本社会人リーグ時代のサニックス(現宗像サニックス)でもプレーしニュージーランド(NZ)と日本の両代表でW杯を経験。2015年のHC就任要請を受ける決め手となったのは、17年に逝去したサニックス創業者の故宗政伸一前社長(享年67)の存在が大きかった。49歳の将は恩人への感謝を胸にロシアとの初戦に臨む。

 「日本ラグビー発展のために尽くしたいという、あの熱量に心を動かされた」。出会いは当時25歳でNZ代表の一員だった1995年のW杯前のこと。宗政氏から誘われ、創部2年目のサニックスの大分・湯布院合宿に参加した。準優勝した同年のW杯後、サニックスから正式に“ラブコール”を送られた。「ラグビーがプロ化され、NZでも混乱していた。直感で決めた」。縁もゆかりもなかった福岡を新天地に選んだ。

 世界のトップ選手がそろったNZ代表が日本でプレーすること自体が異例。母国では「なぜ出ていくのか」と批判もあったという。まだトップリーグが誕生する前の時代、サニックスは国内の最高峰ではない地域リーグに属していた。それでも「成功者は後ろを振り返らない」との信念を持つ男に迷いはなかった。

 現役を引退した2002年度まで所属したサニックス時代、社内で福岡県宗像市の総合スポーツ施設「グローバルアリーナ」建設の是非が検討され、社員ではない選手でありながら会議に呼ばれた。そこで目にしたのは宗政氏の楕円(だえん)球を通じた地域貢献への情熱だった。「(社業と直接関係のない施設の建設に対し)役員の大半は反対したが、私は賛成した。宗政さんの熱意で計画が動きだした。いいと思ったら挑戦して行動に移す。その姿勢をリスペクトした」と振り返る。

 引退後は母国に戻って指導者となり、世界最高峰リーグのスーパーラグビーでハイランダーズを率いた。15年に初優勝に導くと日本から打診が届いた。恩返しの好機だと受け止めた。「宗政さんには日本ラグビーの発展のために何でもできることはやろうという気持ちにさせていただいた。日本代表を強くすることで、きっと喜んでくれる」。天国で見守る恩人の後押しも力に史上初の8強入りに挑戦する。 (大窪正一)

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